第32話『ぽわぁ〜の風玉が、最強の短剣を削った件。』
カナがメイスを強く握ると──空気がピリついた。
(……あ、これヤバいやつだ)
クーとじゃれ合ってた時の“無邪気戦闘”とは違う。
さっきまではまだ“遊んでた”って、流石の俺でも分かるほどの圧だ。
「シュン様……本気を出しても、よろしいでしょうか?」
声も、表情も、氷のように静か。
──空気が張り詰めた。
ギルドマスターのゴスロリ少女は、それを見てニィッと笑う。
「えぇ〜? 本気ぃ?
負けそうになったら“本気出す”って言い出すの、超ダサすぎてウケる〜♡」
(煽ったあああああ!!)
──カナが飛びかかる、その寸前。
「ストップストップストーーーーーップ!!」
俺はほぼ滑り込むように2人の間に飛び込んだ。
「カナ落ち着けって!? な!? 俺の! 俺の自慢の嫁なんだからさ!?
怒り顔より、可愛い顔のほうが! こう、グッとくるっていうか!」
「……シュン様♡」
シュン効果てきめんだった。
さっきまでメイスを振り上げてた女が、
一瞬でほにゃっと笑顔に戻り、ぴょんぴょんと小躍りし始めた。
(怖えよ!!!)
……とりあえず、爆発寸前の地雷原から生還。
こちとら今、**“爆弾処理班のヒーローインタビュー”**くらいの達成感なんだけど。
ギルマスはその様子を面白そうに眺めながら、軽く手を振った。
「は〜い、じゃあ試験終わり〜♪ もうちょっとだけ見たかったけど、まっいっか〜」
そう言うと、受付嬢が持ってきた書類にさらさらとペンを走らせる。
「じゃあ、カナちゃん? あなたはね〜……期待のスーパールーキー!
ということで───B級スタートねっ♡」
……その場が、一瞬でざわめきに包まれた。
「嘘だろ……!? 初手B級!?」
「最高でも、今までCスタートまでだったはずだぞ!?」
「ギルマス相手に互角どころか、押してたし……」
「やべぇよあの女……一体何者だ……?」
どよめきの中、ロビーにいた冒険者たちも次々に観客席へ集まってくる。
たった5〜6人だった見物人が、いつの間にか20人近くにまで増えていた。
「なぁ、あの女って“あの”ギルマスとやり合ってた奴だろ?」
「てかあの女……笑いながら戦ってた相手を、笑えない空気にしてたぞ……?」
「ひっさびさに見たな、ガチバトル……」
そんな周囲の興奮と驚きを──
カナ本人は、まるで気づいていない。
「シュン様ぁ……♡ カナ……可愛い顔だなんて……グッとくるなんて……キャー♡♡」
両手で頬を抑えてぷるぷる震えながら、なんか一人で悶絶している。
(どんな喜び方だよ……てかさっきまでガチギレしてた直後のテンションかそれ?)
──そして。
その視線が、俺に向けられる。
ギルマスターが、ニコッと小首を傾げながら歩み寄ってくる。
「じゃ〜、次は……おにーさんの番、だねっ♡」
……あのナイフ投げてきた悪魔の笑顔が近づいてくる。
それだけで寿命がマッハで削られる。
「彼女と、同じ感じで戦ってくれるのかな〜? ふふっ♪」
(うん、無理。死ぬ)
あんな追尾するナイフ出されたら、間違いなくその場で墓石建てられるわ俺。
──が、そんな俺の内心を知る由もなく、観客席がざわめく。
「……ってことは、あの男も強ぇのか?」
「確かに。連れってことは同格だろ?」
「女の方がB級スタートって……じゃあ男は……それ以上……!?」
「夫婦でS級だったりして……!」
「ヤベェ……なんかヤベェの来たな」
(ちょっと待て落ち着けお前ら!!!)
勝手にどんどん格を盛られていく……!
俺、今から人生初の“対人実技試験”なんだけど!?
──俺は、この時点で既に、逃げ出したくて仕方がなかった。
でも、もう──観客もギルマスターも、完全に“期待の目”だった。
次は……俺。
次こそ、死ぬかもしれない。
「早く言いなさ〜い。……それとも、怖くて震えちゃってるのぉ〜? ぷぷっ」
ギルマスターの煽りが軽快に飛んでくる。
……だが、俺にはまったく効果がない。
だって、本当に無理だから。
素直に言おう。
「魔法を……少々、使います……」
その瞬間──さっきまで賑わっていた会場が、スン……と静まり返った。
(えっ……えっ!? 今なんかおかしいこと言った!? 俺!?)
そのまま“ピン”と張り詰めた静寂。
──で、一人が吹き出したのを皮切りに。
「っぶはっ! 魔法だってよ!! 洗濯でも始めんのかよ!?」
「ちょっ……笑かすな! 腹いでぇ!!」
「精霊よ〜うわぁぁぁ〜とか唱えるアレだろ!? マジでやんの!?」
(えっ……? えっ!? なんでここまで!?)
あっという間に、会場全体が爆笑に包まれる。
(いや、大賢者の日記に“魔法は時代遅れ”ってあったけど……ここまで馬鹿にされるとは!?)
俺がフリーズしていると、ギルマスターがくるりと背を向けて言った。
「ふ〜ん、魔法、ね? まぁいいや。なんでも。
お兄ちゃんにはハンデあげるね〜? 詠唱終わるまで待ってあげるっ♡」
「詠唱〜!? 実戦だったらとっくに死んでるっての!」
「精霊助けてぇ〜♪とか言ってる間に首飛んでるわ!」
「おい、誰か石持ってこいよ! 祝福の儀式始めようぜ!」
──もう地獄。
会場中が、笑いと煽りの渦で満ちている。
(てか、詠唱って……何?)
(ウインドウをタップすれば出るんだけど……)
俺は、ウインドウ選択でガチャガチャとUIと格闘する。
(まず……前使った“光がポワァ〜”ってなる奴は絶対アウト)
(あの“闇の手”出るやつも、ギルマスごと観客まで持ってきそうで怖い……)
・《インフェルノ》:“燃やす・多い・略” ←地獄
・《ブリザードウォール》:“壁がドーン・略” ←何が出るか不明
(マジで使えない……このクソUI!!!)
その中で、比較的マシそうなのが──
《風玉》:初級風魔法。弾が出る(略)
(……初級。よし、これだ。逃げよう)
そもそも、カナがB級になった時点で図書館の許可はクリア済み。
つまり、俺は別に勝たなくても問題ない。
カッコつけずに、無難にやり過ごすべきだろう。
──ポチッ。
ウインドウの発動ボタンを押し、ギルマスに向かって手を翳す。
俺の手のひらから、“ぽわぁ〜”とした風の玉が浮かびあがる。
ふわり、ふわり。
歩くくらいのスピードで、ゆっくりギルマスの方へ飛んでいく。
「……おっそ!?」
「な、なんだあれ!? あれで攻撃!? ジジイの歩行の方が早いじゃん!」
「ホワァ〜ンって……くっそおもろ……魔法ほんとゴミだわ!」
「ちょ……笑い死ぬ……ホワァ〜ンッて……ぷくくくっ……!」
──観客の嘲笑、MAX。
だが、その中心にいるギルドマスターだけが──
「……え?」
──声を、漏らした。
赤い瞳が、“その玉”を真剣に捉えたまま、動かない。
「初級の……風魔法?」
「うっそ、100年ぶりくらいに見たんだけど……しかも……」
「おっっっっそ!!」
ギルマスはその程度の攻撃なら余裕だと判断し、手に持っていたナイフを軽く振る。
──その瞬間。
ナイフの刃が、“跡形もなく”消えた。
「……は?」
ギルマスターが自分のナイフを見る。
柄しか残っていない。
その隙に、風玉はまだ──“一定の速度”で、彼女に迫っていた。
(やばっ……!?)
反射的に、彼女は腰に差していた宝剣──
かつて勇者との旅で手に入れた【クリムゾンエッジ】を抜き、盾のように構える。
だが──
風玉が宝剣に触れた瞬間、
剣の表面が、“削られた”。
──それも、“風に削られた”ような自然な痕跡で。
「っ……!!」
パパとママとの思い出。
ギルマスターの脳裏に走馬灯のように蘇る、勇者たちとの旅。
大賢者との戦い。
魔王との死闘。
そして。
(……死っ──!!)
──その瞬間。
ギリギリの距離で、空間を引き裂くように現れた鎖が、ギルマスの体を引き──回避させた。
その鎖の主は、もちろん──カナだった。
だが観客席は。
「ホワァ〜ンッ玉、地味すぎて草!!」
「スロー攻撃は草だろマジで!」
「俺も魔法使いなろっかな〜♪」
誰一人、気づいていない。
あの玉が、**一歩間違えば“ギルマスターの命”を奪っていたことを。
──ギルマスターだけが、それを理解していた。
そして視線の先にいたのは──
先ほどまで、モジモジと情けない顔をしていた、あの男だった。
その姿に──彼女の目が細められる。
(……この男、もしかして)
「ここまで読んでくれたなんて……うぅぅ……ありがとございますぅ……っ」
「なんかもう……いろいろあって……いっぱい泣いて……怒られて……でもでも、読んでもらえるだけで……全部、報われる気がするんですぅ……っ!」
「それで……あの……その……よ、よければでいいのでっ……」
「ぽちっとブクマとか、評価とか、感想とか……なんか、ちょっとでも反応もらえたら……」
「うぅぅ……うれしくてまた泣いちゃうかもしれないけど……でも、すっごく嬉しいんですぅ……!」
「どうか……どうかこのまま、次も読んでもらえたら……がんばれる気がします……!」
「よ、よろしくお願いしますぅぅぅぅ~~っ!!(泣)」




