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第20話『「対話しに行きます♪」が意味するもの』

───────


禁忌の森――


その深部で、ひとつの寸胴鍋が持ち去られたのを合図に、

一人の少女が、怒りを煮え滾らせていた。


「……あの犬、また今日もサボって……」


森の奥。巨大な切り株に腰かけていたカナは、

ぎりぎりとメイスの柄を握りしめる。


「しかも、事もあろうに……昨晩は主様が! 直々に! 夕食を作ってくださったというのに!!」


ドン!


ズバァンッ!!!


メイスが地面を叩きつけた瞬間、

横にあった巨木が――根元から吹き飛んだ。


「うひゃぁぁぁぁ!?!?!?」


その場に居合わせた村人たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

木霊する轟音。揺れる地面。土煙の向こうで、カナの影が燃えるように揺れていた。


カナは、メイスを片手で持ち上げながら立ち上がる。


「主様を二日連続で……一人にした……」


その目は、まるで“遅刻した死刑囚を出迎える処刑人”のようだった。


すると、そこへひとりの村人が、怯えた様子で駆け込んできた。


「か、カナ様っ!! 森の方に、武装した一団が……!」


「……あぁ、その連中ね?」


「……え?」


「魔力探知に引っかからなかったから見落としそうになったけど、

入り口付近の監視スキルが反応してたわ。だから見張りは一応つけてあるの」


「な、なんでそこまで……」


「敵意の有無なんて、確認してからじゃ遅いでしょ? この森に入る奴は、全員“敵か主様の下僕候補”だもの」


村人は言葉を失う。


その顔には、明らかに “第三の選択肢” があったはずなのに、

カナは最初から “二択”しか考えていない目 をしていた。


「で、どうするんですか……? 村人たちと一緒に避難を──」


「いえ」


カナは、ぱちん、と手袋をはめ直す。


「私が、“対話”しに行きますから♪」


その笑顔があまりにも爽やかで、

逆に寒気がした。


カナは、メイスを肩に担ぎ、音もなく森の中へと消えていった。


誰もが、それを見送るしかできなかった。


────────────


──禁忌の森・外縁部。


霧のような靄が、うっすらと漂う林道を、

武装した一団がゆっくりと進んでいた。


その中に、今にも泣き出しそうな少女がひとり――


「……フェル隊長〜……かえりましょうよぉ〜……

『禁忌の森は無理でしたぁ〜』って、正直に言っても誰も怒らないと思いますぅ〜……」


先頭を歩く男に縋るように訴えるのは、

そばかすの浮いた頬に涙目を浮かべた少女、キュリ。


重たそうな弓を両手で抱え、

今にも「ぴえん」と言いそうな顔でうずくまっている。


「まーまーキュリちゃん泣くなって♪」

後ろから肩を叩いたのは、赤毛を跳ねさせた軽装の男。

軽口担当・グローレンだった。


「隊長も、リティスがやられて空いた三栄騎士の椅子を目指してんだって♪

ここで手柄立てなきゃ、俺らにも出世の芽がないっしょ? ね?」


「ふぇぇぇぇん……そ、それはわかりますけどぉ……

でもでも……よりによって禁忌の森ってぇ……!

死ぬの確定みたいな空気じゃないですかぁ〜〜〜〜……」


「いやまぁ……ぶっちゃけ、いざとなったら……俺っち、逃げるよ?」


「ひどい!! グローレンさんの人でなしー!!」


「お前ら!! 無駄口を叩くなっ!」


先頭を行くフェル隊長が、振り返って声を張る。


鋼のような鎧をまとい、整った顔立ちには深い疲労の色が浮かんでいた。


「副隊長であるお前らがそんな調子だから、部下の士気が下がるんだ……

……はぁ、まったく……」


「まーまー隊長♪そんなカッカしないで?

人生、もっと気楽にいきましょ〜よ〜〜〜」


「……お前は少しは反省しろ!!」


ビシィ!と指差されるグローレン。


「お前が“腹痛”とか言って抜けたせいで、隊列が乱れたんだぞ!?

リティス大隊長の援軍に間に合わなかったのは、お前のせいでもあるんだ!」


「だって〜リティス大隊長、好きじゃないっすもん俺……」


「……は?」


「そもそもなんなんすか、あの人。

元はただの学者だったのに、急に三栄騎士とか。

死人使ったり、生きた人間改造したり、なんか……そういう噂ばっかで、怖かったっすよ?」


「口を慎め、グローレン……! 亡くなったとはいえ、三栄騎士の一人だぞ!」


「いや、そもそもアイツがいなきゃ、

今ごろフェル隊長が三栄騎士になってたんじゃないかって思うんすよ。

そしたら俺、隊長補佐で今ごろマジ英雄だったのに〜!」


「お前は一回、脳を診てもらえ」


フェル隊長はこめかみを押さえる。


「俺が三栄騎士になれなかったのは、俺の実力不足だ。

他人の成功を僻むような男にはなりたくない」


「で、でも……」

横でキュリが小さく口を開く。


「リティス大隊長って……その……

異教徒の紋章があったとか……死体が喋ったとか……変な噂、たくさんありましたよ……?」


「……キュリ、お前まで……」


フェルは小さく目を伏せた。

淡く揺れる靄の奥で、何かを見つめるように。


「俺は、お前たちを“僻み”で物を見るようには育てたくなかったんだがな……」


2人は、気まずそうに顔を伏せた。


だが、次の瞬間。


「……まぁいい。探索を終わらせて、さっさと帰ろう」


フェル隊長は、表情を切り替えると、森の奥を見据えた。


その足取りは……まだ、軽かった。


彼らはまだ知らない。


この先で、“本物の地獄”が、笑顔で待っていることを――。

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