第19話『俺の仲間が敵国の先頭で暴れてる件について』
「……もう……やめてぐだざぃ……」
ギルは震える声でそう呟くと、膝をつき、地面に額をこすりつける。
土埃が鼻に入り込もうがどうでもよかった。
プライドも、作戦も、軍も……今やすべてが煙になって立ちのぼっていた。
目の前では──
ミノタウロスだった“何か”を串焼きにしながら、クーが楽しげににこにこ笑っている。
「ん? お前も食うかー?」
骨を串代わりに刺した肉塊をブンブン振りながら、無邪気にギルに差し出してきた。
その光景を見ていた兵士たちは、誰一人動かない。
いや、動けなかった。
武器を握る手は震え、足は逃げ出す力すら持たず、視線だけが空を彷徨う。
心が折れる音が聞こえた気がした。
──戦闘?
そんな空気は、もうどこにもない。
ミノタウロスに仲間意識など持っていなかった。
ただ、強いから。便利だから。戦力になるから。
それだけの理由で使っていた、ただの“武器”だった。
……なのに。
その“武器”が、あまりにもあっさり。
笑顔の少女に蹂躙され、笑顔のまま焼かれている。
「あの……」
たまらず、兵士の一人が口を開く。
声が裏返り、乾いた喉のせいで咳き込みながらも──必死だった。
「お、俺らは……その……見逃して、もらえたり……?」
死にたくない。
その一心だった。
するとクーは、首を傾げた。
「んー? クーは人間は食べないぞ?」
──ほっ。
「クーは牛さんのお肉を食べに来たのだ!」
──絶句。
(ミノタウロス……牛扱い……)
そりゃ、角生えてて体格でかいし、牛っぽいけども……!
確かに焼ける匂いは香ばしくて、ちょっと美味そうだけども……!
ギルは、心の中で何度もツッコんだ。
同時に、ぐるぐると脳を回転させる。
──詰んだか?
いや、違う。逆に、これはチャンスでは……?
「クーさん……!」
思い切って声をかける。
笑顔のまま肉をかじってるクーの前に、這いつくばるようにして近づいた。
「もし良ければ……オ、オレらの、ボスになってくれませんか……?」
兵士たちがギョッとギルを見る。
しかし誰も反論しない。
誰もこの怪物と敵対したい奴などいない。
そして──
「ボスだー! クーがボスだぁー!」
即答だった。
しっぽをブンブン振って、全力の笑顔。
(……え、チョロくね?)
予想を超えて、あっさり陥落した。
ギルは内心、薄ら笑いを浮かべながら口を開く。
「つ、ついでにご相談がありましてね……」
「なんだ? ボスが聞くぞ!」
ぴょんっと近づいてくるクー。肉片くっついてる。
「この近くにですね、鉄峰連合って国がありまして……」
「ん〜〜〜?」
──興味ない顔。
やばい。滑ったか。
「そこには……! 美味い食べ物が……!」
「いく! てっぽー!! クーごはんいく!!」
──秒で釣れた。
ギルは額から汗を垂らしながら、天を仰いだ。
(なんなんだよこの流れ……でも助かった……!)
部下たちはポカンと口を開けていた。
“開戦”前に“ボス”が変わり、気づけば“進軍先”も決まり、“目的”も肉にすり替わっている。
──だが、誰も文句は言わなかった。
クーの背中に従えば、生きられる気がした。
ただそれだけだった。
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──────
そして今、鉄峰連合にて──
俺は、
全身が震えていた。
ドクンドクンと心臓がうるさい。
冷や汗が背中を這う。
(……おいおいおい……嘘だろ……)
目の前の魔導スクリーンに映し出されたのは、明らかに軍事行動中の一団。
しかもその先頭には──
クーがいた。
え?
ちょっと待って?
なんで!?
ええええええええええええええええええええええええ!!???
(……何だこれ……)
いや、確かに。
言われてみれば。
昨日、けんちん汁を作るのに夢中で、晩飯の時にあいつの姿を見なかった……気はする。
でもだからって──
敵の先頭でニコニコで走ってるのは、どう考えても説明が足りない!!!
ありえないスピードで進軍してる。
いや違う。
馬がクーに置いていかれてる。
追いつけてない。
馬が──
“追いつけてない”
(おかしいおかしいおかしいおかしい!!!!)
やばいやばいやばいやばい!
このまま正面突破して、城門の前で「主〜♪」なんて言った日には──
俺が真っ二つになる。
外交的にも、物理的にも、真っ二つコースまっしぐら。
「ぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!」
俺の喉から叫びが漏れた。
横で俺の声を聞いた王が、ゆったりとした口調で言う。
「……まぁ、客人よ。
そんなに焦るでない。
ここには我らが英雄ガリウスもおる。
たとえ兵が出払っておろうとも、守りを固めたこの城を、そうたやすく落とされはせん」
──と、その時。
ガリウスが映像をじっと見据えたまま、静かに口を開いた。
「……王よ」
「うむ、なんだ」
「それは──少々楽観的かも知れませぬ」
「……何?」
「先陣を駆ける、あの獣人の娘……名前は、たしか……
クー殿。」
(やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)
「おそらく……私よりも、強い」
「な──」
その場の空気が凍った。
「「「ッ!?!?!?!?」」」
会議室が一瞬、沈黙に包まれる。
次の瞬間、
どよめき。
ざわめき。
混乱。
「い、今なんと!? ガリウスよりも!?」「信じられん……英雄に匹敵とは……!?」
王もまた、目を見開き、唖然としていた。
「……まことか。
あの者が貴様よりも……?」
「……あれが、かの禁忌の森にて私と交戦した者です。
実力の程は、間違いありません。」
「なんと……」
兵士たちの顔が青ざめていく。
スクリーン越しの進軍を見て、
騎士たちは息を呑み──
足がすくみ、
額に汗を浮かべ、
誰からともなく呟きが漏れた。
「……おい……俺たち、大丈夫か……?」
「まさか、そんなのと交戦させる気か……?」
「よりによってアステリオンに勝ったばかりなのに……」
兵士達が絶望する中
俺は思考を巡らせた。
(逃げるか……?)
ありだ。
ここで騒ぎを起こすよりはマシ。
クーが自力でどうにかしてくれる可能性に賭ける手も──
(いや、まだ俺とクーの繋がりはバレてない。
このまま黙って任せて……いや、リスク高すぎるだろ!!!)
もしここで死人が出たら?
「実は俺の仲間でした☆」って後出しで言って許されるか?
(いや無理だろ!!!)
ならいっそ、俺が交渉役として名乗り出る?
……説得する?
(無い。絶対無い。
この空気で「実はあの暴走獣は知り合いです」なんて言ったら、
確実に物理的・社会的に処刑される)
(いやでもワンチャン……ここで正直に……)
俺は意を決して口を開く。
「実は────」
──ダンッ!!!
「伝令ッ!!!」
扉が破裂音のように開かれ、兵士が息を切らせて飛び込んできた。
「まもなく城門前に到達する模様! 途中の防衛拠点は三ヶ所──すでに陥落ッ!!」
(──言い出せる雰囲気じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)
空気が一瞬でピリついた。
王は鋭く命じた。
「残存の兵を全て集めろ! 城門防衛へ回せ!
……ガリウス、帰還直後で済まぬが、指揮を頼めるか?」
ガリウスは低く頷く。
「……承知致しました。
このガリウス、全力で以て防衛に当たります」
(ダメだ……俺もう無理だ……)
──そして俺は。
そのガリウスの背後に、
何も言わず、音も立てず、
(くっついた──!!)
ピッタリと張り付くように歩き出した。
完全に護衛扱い。
“事情を何も知らない男”として、
この未曾有の事態を──
全力でやり過ごすことに決めた。
(頼む、クー……!
お前……なんとか空気読んでくれ!!!)
作者「クーのせいでこの作品、ついにR15になりました」
クー「んー? よくわかんないけど……おめでとうなのだーっ♪」
作者「いや……めでたくないからね!? 年齢制限は下げる方向でいきたいの!」
クー「じゃあ、もっともっと頑張るのだ!」
作者「やめてぇぇぇ!! そのまま行くとR18になるからぁぁぁ!!(汗)」




