第18話《たいわーおわった!》 から始まる地獄絵図。
──時は遡り。
クーとギルたちは、既に森の拠点へと辿り着いていた。
「お楽しみは後だ……まずは仕事だな。オメェら、そのガキを檻にぶち込んどけ」
「ん〜? 肉はあっちなのかぁ〜」
「……」
気の抜けた声をあげるクーに、部下たちはニヤつきながら肩を抱いて奥へと連れていく。
まるで“自分から捕まえられに来た”かのような態度。
──なんか変だ。
この期に及んで、馬鹿を通り越して“ヤバい薬でもキメてんのか?”ってくらい能天気な様子。
だがギルは──小さく鼻を鳴らし、それ以上の関心を切り捨てる。
「まぁ……金になれば何でもいい」
その瞬間、部下の一人が戦況報告を持って駆けてきた。
「ギル様、前線のアステリオン王国側が押され始めてます! ドワーフのガリウスが出張ってきたと!」
「……は?」
ギルは一瞬だけ目を細め、すぐに舌打ちした。
「やべぇな……もっと膠着すると思ってたんだが。あの場で疲弊したガリウスを討てりゃ、連合なんて一撃だったのによ」
歯噛みしながらも、ギルは腰を下ろし、手元の地図を広げる。
「……いや、待て。逆にチャンスか」
指先で鉄峰連合の“本拠”を指し示す。
「あの老害が前線に張り付いてるなら──城は空き家同然ってこった」
ギルの脳裏に、別の情報がよぎる。
(信頼できる筋の話じゃ……そろそろ、アステリオンの“リティス”が動くはずだ)
その名を思い浮かべた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
……が、すぐに打ち消すように葡萄酒の瓶を煽る。
「“奴”が暴れりゃ、連合はそれどころじゃなくなる」
「あえて森に拠点なんて構えず、こうして戻ってきて正解だったな……」
自分に言い聞かせるように呟きながら、ギルは鼻で笑う。
「……俺はいつだって運がいい。戦場で一番大事なのは、死なねぇことと風向きだ」
小声で言いながら、グラスの中身を空ける。
「ミノタウロスの野郎どもが揃い次第……進行開始だ」
指を弾いて部下を呼ぶ。
「さぁて、鉄峰の心臓に刃を突き立ててやるぜ──俺の名を、歴史に刻むチャンスだ」
満ちるのは、目前の勝利に対する酩酊。
その時だった。
外から、やけに騒がしい喧騒が耳に届いた。
ギルは眉をひそめる。
「……チッ、まさかアイツら、俺を差し置いて“先に楽しんで”やがんじゃねーだろーな?」
──あり得る話だ。
ギルの部下は皆、傭兵崩れ。金さえもらえりゃ手癖も性癖も自由奔放。
この間も、買い取り予定の奴隷を“使い物にならなく”して、売り値を台無しにしたばかりだった。
不穏な予感に、ギルは椅子を蹴って立ち上がる。
テントを出ると、人混みが騒然としていた。
「おい、どうした!?」
駆け寄ってきた斥候が、声を震わせる。
「首領っ、ミノタウロスの連中が──ッ!」
「はァ? まさか、“来られなくなった”なんてフザけた話じゃねぇよな?」
あの脳筋どもならあり得る。
“ガリウスと戦えないなら意味がない”とか言い出して、勝手に方針変えるバカ共だ。
だが──
「おかしい……まだ作戦は伝えてない筈だが……?」
斥候が恐る恐る口を開く。
「その……“獣人の少女”が……」
──あ?
まさか。
まさかアイツら、“商品に手を付けた”のか? 今このタイミングで?
まぁ……それも、あり得る話ではある。
苦笑交じりに首を振り、ギルは歩き出した。
「はいはい……んで、商品は無事か?」
「……しょ、商品……?」
斥候の歯切れの悪さに、ギルの眉がピクリと動いた。
──嫌な予感がする。
「もういい……自分で見る」
人混みを掻き分けていくと──
そこには、あまりに“あり得ない光景”が広がっていた。
「──え?」
ミノタウロスの長と、クーが、睨み合っていた。
明らかに“決闘”の空気。
しかも、その距離は……
「ちょ、待──」
ギルの制止など耳に入るはずもない。
ミノタウロスの長が、笑みを浮かべながら一気に距離を詰め──
「喰らえいッ!!」
巨躯が振るう、異常サイズの棍棒が、唸りを上げて振り下ろされた。
「わーお♪ 大きい〜〜〜っ!」
クーがそれを、片足の跳躍で蹴り上げて弾き飛ばす。
土煙が爆ぜ、周囲がざわめく。
「狩りの時間だね〜〜〜っ♪」
すれ違いざま──
クーの爪が、音もなく閃いた。
ミノタウロスの腹部に、浅くも確実な裂傷を刻む。
「ほぉぉお……ッ!?」
長は、喉奥で笑うように唸りながら、傷口に指を当て──
その手を、血で染めたまま見せつけた。
「面白いぞ、小娘……この私に“血”を流させるとは!!」
ギル「……ま、まじかよ……」
言葉が漏れる。
目の前で起きているのは、もはや戦闘ではない。
──化け物同士の“喧嘩”だ。
ギルの知る限り、ミノタウロス族の長は、かの英雄ガリウスすら“無傷では渡り合えない”存在。
その圧倒的な膂力と耐久は、戦場で何百人もの兵士を薙ぎ倒してきた“災厄”。
その相手を──
あの少女は、まともに受け止め、かわし、傷を刻んでいる。
その異常性に、ギルの背に冷たい汗が伝った。
「なんだあれは……何なんだあの女……!」
そして次の瞬間。
ミノタウロス族の部下たちが、長を援護すべく咆哮を上げて突撃してきた。
──開戦の合図だった。
ギルの予想も思考も、全てが──一瞬で吹き飛ぶ。
この絶好のタイミングを前に、乱闘騒ぎなど──冗談じゃない。
ギルは眉間を押さえた。
顔を歪めて、頭をかきむしる。
「……ちょっと待て、お前ら──」
怒鳴りかけたそのとき、
「たいわー終わった! ちゃんとしたっ! 本気いく!」
そう言い放ったクーは──消えた。
音もなく。
光もなく。
ただ──風だけが、通り過ぎた。
「……っ?」
そして、
──ズバン。
それは“音”ではなかった。
“実感”だった。
視界の片隅で、長の首が……なかった。
「へ……?」
ギルは声を漏らす。
何が起きたのか理解できず──
だが、体が感じていた。
“まずい”
「ちょっ……や、やめろ! やめろぉっ!!」
ギルの叫びはすでに懇願へと変わり始めていた。
だが──
二匹目。
三匹目。
四匹目。
──首が飛ぶ。
斧ごと砕かれる。
血が舞う。
そして──
「肉〜〜〜〜♪ たくさ〜〜〜〜ん♪」
嬉しそうな、
本当に嬉しそうな、
その“声”。
それが何より──恐ろしかった。
「まっ、待ってくださぁぁぁぁぁぁぁい!! おねがいですううううぅぅぅ!!」
ギルは、情けなく地面に膝をついた。
腕を伸ばす。
誰かに、何かに、縋るように。
だが、止まらない。
──刈られる。
兵士たちは、見ていた。
斧を手にした猛者たちが、
笑顔の獣に、解体されていくのを。
「う、うそだ……」
「なんで……なんであんな……」
「ミノタウロスが……」
「逃げ……逃げなきゃ……っ!」
そう思うのに、
誰も、動けない。
脚が、震える。
目が逸らせない。
音が、焼きついて離れない。
──ズバァン。
──ズバァァァン。
──ズバァァァァァァァァァン。
その度に、何かが壊れる。
兵士たちの、精神が。
ギルは口をパクパクとさせていた。
声にならない言葉を、空に向けて。
ただただ、計画が崩れていく音だけが、
耳の奥でずっと響いていた。
「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ……これ以上はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
その絶叫に、誰も応えない。
地獄は、止まらない。
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