表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/81

第12話『屋台と英雄の五度見と死の魔法陣』


「今日の売り上げは〜……」


屋台の横で指を折りながら、俺はぽつりと呟いた。


「──7万ゼクト!」


ドンッ、と帳簿を閉じてドヤ顔してみたが……

すぐに現実が脳を刺す。


「全然たんねぇーーーーーーーーー!!」


声が戦場に響く。おっさんドワーフの一団がビクッとしてる。ごめん。


……そう、そりゃそうだろう。


けんちん汁売ってマイホーム建てようなんて、

セカンドライフが終わる頃には風呂付き犬小屋すら買えねぇよ!!


この世界の通貨ゼクトは──ぶっちゃけ日本円とほぼ変わらん体感レート。

何気にその辺リアルなんだよなこの異世界。


だからこそ、7万ゼクトがどれほど「夢のまた夢」に届かないかも分かる。


はぁ……俺、何してんだっけ?


──店じまいの準備を始める。


けんちん汁の鍋を引き上げ、屋台の布を巻いて、木製の看板をしまう。

夕暮れに染まり始めた戦場の空の下、屋台を引いて歩き出す。


戦場といっても、今はドンパチ真っ最中ってわけじゃない。

どうやらこの辺りでは、ドワーフ共──あのおっさん顔面率100%種族──が優勢っぽい。


気づけば周囲はおっさんドワーフしかいない。

最初は人間もいたのに、今じゃ視界の9割がヒゲ。


「……帰って、クーでも撫でて癒されよ……」


思わずそんな弱音を呟いたその時──


戦場の空気が一変した。


「ガリウス隊長ーーーーっ!!」


「ガリウス殿が来たぞォォ! 道を開けろッ!」


おっさんたちが沸き立つ。


なんか来た。

しかもめちゃくちゃ盛り上がってる。


中央の通路が割れるように空き、そこを──


ゴォォンと風を切って、黒い騎馬に乗った重装ドワーフが通り抜けていく。


見るからに重厚、見るからに英雄。

あれが噂の《ガリウス》か……!


「うおぉぉ……!」


俺も思わず見惚れてしまった──が、


彼もこっちを見た。


……いや、見すぎじゃね?

五度見くらいされたけど?


ガリウスは明らかにツッコミそうな顔で俺の屋台を凝視したが──

人の波に押し流されるように、そのまま何も言わず去っていった。


(……あれは絶対、心の中で「戦場で屋台!?」って叫んでたやつだ)


でもその瞬間、俺の脳内に電流走る。


(……待てよ?)


(あいつ、超有名っぽい……英雄とか指揮官とか……)


(ワンチャン取り入れば……!)


(けんちん汁の名前に“ガリウス印”とかつければ……!)


(メニューに“鉄砲スペシャル味噌けんちん”とか出せば……!)


(それを村人に流通させて、俺はロイヤリティだけで……!)


……妄想が止まらない。


俺はウキウキで屋台の取っ手を握りしめ、ガリウスの隊列に自然に混ざっていった。


(──よし、民に捌かせれば俺は稼げる!!)


──何も学んでない。


完全に懲りていない俺が、今日もまた異世界で商魂を燃やすのであった。




────────────


ガリウスは、ついに最前線へと到着した。


だが──その重厚な鎧越しでも、視線は気になって仕方がなかった。


(……さっきの屋台……何だったんだ……?)


どうしても屋台からの残り香が脳裏をよぎる。


(いや、今は戦場だ!)


気を取り直したその時、前方に敵兵が現れる。


「──ッ! 見えたか……!」


馬上で巨斧を担ぎ直し、視線を鋭くする。


ガリウスの存在に気づいたアステリオン兵の顔が引き攣った。


「が、ガリウス……!?」


膝を震わせ、その場に崩れ落ちる。


その反応は、決して珍しくない。

《鉄砲連邦の巨斧》──この名は、敵国にも悪夢として語られている。


ガリウスの姿が見えた瞬間、アステリオンの前線部隊は一気に動揺。


「撤退しろォォォォッ!!」「ガリウスが来たぞォ!」


混乱のまま一斉撤退が始まる──が、


その逃走先で更なる異常が起きる。


「ぎゃっ!?」


「や、やめ──やめろ!うわぁぁああッ!」


撤退する兵士たちの行手を──

同じアステリオンの騎士が斬り伏せているのだ。


それは“粛清”だった。


逃げる者に許しはない。

それが、アステリオンの“誇り”と“狂気”の側面。


そして──ガリウスの視線に、ある人物が入る。


「アイツは……リティス……?」


灰色の外套、狂気を含んだ笑み。

ガリウスの記憶に、深く刻まれている顔。


王国の学者にして、戦場で人を攫い“実験”を繰り返す異常者。

本来は騎士でも戦士でもない。

それでも、奴はこの戦場に何度も現れ、戦況を一変させてきた。


「リィィィティスッ!!」


雄叫びと共に、馬を蹴る。


地を割る勢いで突進するガリウスに、リティスは笑みを浮かべた。


「ようやく……現れましたね?」


次の瞬間、リティスが叫ぶ。


「術式展開──魔法陣、起動!!」


地面に無数の符が走る。


近くに控えていた魔導士たちが一斉に詠唱を開始。


ガリウスは反応した。


「──第四戦技《斧風断》ッ!!」


風の刃が斧から解き放たれ、唸りを上げる。


轟音と共に、斬撃は一直線に走り──


リティスと、その背後の隊列ごと、真っ二つに切り裂いた。


──だが。


「……詠唱、止まらねぇ!?」


倒れたはずの魔導士たちの口元が、なおも揺れている。


不気味な詠唱が空気を震わせる。


その時。


足元に──紫色の巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「──ッ!! ヤバいッ!!」


ガリウスの本能が警鐘を鳴らす。


「全隊、退避ィィィィィ!! 今すぐだッッ!!!」


咆哮のような指示が飛ぶが──


間に合わなかった。


足に、力が入らない。


腕が、斧を支えられない。


馬が崩れ、ガリウスは地に投げ出された。


「くっ……これは……生気を……奪う魔法……ッ!?」


敵も味方も、次々とその場に崩れていく。


よろめきながらも立ち上がるガリウスの背後で、兵たちが次々に膝をつき、沈黙する。


そして──魔法陣の中心に、黒い球体が生成された。


その球体が吸い込むのは──倒れた者の生命、死骸、装備すらも。


(ッ……マズい……これは殺すための魔法じゃねぇ……“収穫”だ……!)


ガリウスは歯を食いしばる。


そして──叫ぶ。


「──第五戦技 《鉄魂の拒絶障壁ソウル・バリスタ》 ッ!!」



自身の精神を護る戦技を発動し、なんとか意識を保つ。


球体は脈動し──そして、人型へと変化した。


魔法陣が光を収め、沈黙する。


戦場に残されたのは──


膝をつき、荒く息を吐くガリウス。


そして──闇から生まれた謎の人型存在。


(はぁ……はぁ……くそ……)


辺りを見渡せば、生き残っているのは魔法陣の外にいたわずかな兵のみ。


中心には、自分と──この“何か”だけ。


戦場は、今や“死場”と化していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ