第12話『屋台と英雄の五度見と死の魔法陣』
「今日の売り上げは〜……」
屋台の横で指を折りながら、俺はぽつりと呟いた。
「──7万ゼクト!」
ドンッ、と帳簿を閉じてドヤ顔してみたが……
すぐに現実が脳を刺す。
「全然たんねぇーーーーーーーーー!!」
声が戦場に響く。おっさんドワーフの一団がビクッとしてる。ごめん。
……そう、そりゃそうだろう。
けんちん汁売ってマイホーム建てようなんて、
セカンドライフが終わる頃には風呂付き犬小屋すら買えねぇよ!!
この世界の通貨は──ぶっちゃけ日本円とほぼ変わらん体感レート。
何気にその辺リアルなんだよなこの異世界。
だからこそ、7万ゼクトがどれほど「夢のまた夢」に届かないかも分かる。
はぁ……俺、何してんだっけ?
──店じまいの準備を始める。
けんちん汁の鍋を引き上げ、屋台の布を巻いて、木製の看板をしまう。
夕暮れに染まり始めた戦場の空の下、屋台を引いて歩き出す。
戦場といっても、今はドンパチ真っ最中ってわけじゃない。
どうやらこの辺りでは、ドワーフ共──あのおっさん顔面率100%種族──が優勢っぽい。
気づけば周囲はおっさんドワーフしかいない。
最初は人間もいたのに、今じゃ視界の9割がヒゲ。
「……帰って、クーでも撫でて癒されよ……」
思わずそんな弱音を呟いたその時──
戦場の空気が一変した。
「ガリウス隊長ーーーーっ!!」
「ガリウス殿が来たぞォォ! 道を開けろッ!」
おっさんたちが沸き立つ。
なんか来た。
しかもめちゃくちゃ盛り上がってる。
中央の通路が割れるように空き、そこを──
ゴォォンと風を切って、黒い騎馬に乗った重装ドワーフが通り抜けていく。
見るからに重厚、見るからに英雄。
あれが噂の《ガリウス》か……!
「うおぉぉ……!」
俺も思わず見惚れてしまった──が、
彼もこっちを見た。
……いや、見すぎじゃね?
五度見くらいされたけど?
ガリウスは明らかにツッコミそうな顔で俺の屋台を凝視したが──
人の波に押し流されるように、そのまま何も言わず去っていった。
(……あれは絶対、心の中で「戦場で屋台!?」って叫んでたやつだ)
でもその瞬間、俺の脳内に電流走る。
(……待てよ?)
(あいつ、超有名っぽい……英雄とか指揮官とか……)
(ワンチャン取り入れば……!)
(けんちん汁の名前に“ガリウス印”とかつければ……!)
(メニューに“鉄砲スペシャル味噌けんちん”とか出せば……!)
(それを村人に流通させて、俺はロイヤリティだけで……!)
……妄想が止まらない。
俺はウキウキで屋台の取っ手を握りしめ、ガリウスの隊列に自然に混ざっていった。
(──よし、民に捌かせれば俺は稼げる!!)
──何も学んでない。
完全に懲りていない俺が、今日もまた異世界で商魂を燃やすのであった。
────────────
ガリウスは、ついに最前線へと到着した。
だが──その重厚な鎧越しでも、視線は気になって仕方がなかった。
(……さっきの屋台……何だったんだ……?)
どうしても屋台からの残り香が脳裏をよぎる。
(いや、今は戦場だ!)
気を取り直したその時、前方に敵兵が現れる。
「──ッ! 見えたか……!」
馬上で巨斧を担ぎ直し、視線を鋭くする。
ガリウスの存在に気づいたアステリオン兵の顔が引き攣った。
「が、ガリウス……!?」
膝を震わせ、その場に崩れ落ちる。
その反応は、決して珍しくない。
《鉄砲連邦の巨斧》──この名は、敵国にも悪夢として語られている。
ガリウスの姿が見えた瞬間、アステリオンの前線部隊は一気に動揺。
「撤退しろォォォォッ!!」「ガリウスが来たぞォ!」
混乱のまま一斉撤退が始まる──が、
その逃走先で更なる異常が起きる。
「ぎゃっ!?」
「や、やめ──やめろ!うわぁぁああッ!」
撤退する兵士たちの行手を──
同じアステリオンの騎士が斬り伏せているのだ。
それは“粛清”だった。
逃げる者に許しはない。
それが、アステリオンの“誇り”と“狂気”の側面。
そして──ガリウスの視線に、ある人物が入る。
「アイツは……リティス……?」
灰色の外套、狂気を含んだ笑み。
ガリウスの記憶に、深く刻まれている顔。
王国の学者にして、戦場で人を攫い“実験”を繰り返す異常者。
本来は騎士でも戦士でもない。
それでも、奴はこの戦場に何度も現れ、戦況を一変させてきた。
「リィィィティスッ!!」
雄叫びと共に、馬を蹴る。
地を割る勢いで突進するガリウスに、リティスは笑みを浮かべた。
「ようやく……現れましたね?」
次の瞬間、リティスが叫ぶ。
「術式展開──魔法陣、起動!!」
地面に無数の符が走る。
近くに控えていた魔導士たちが一斉に詠唱を開始。
ガリウスは反応した。
「──第四戦技《斧風断》ッ!!」
風の刃が斧から解き放たれ、唸りを上げる。
轟音と共に、斬撃は一直線に走り──
リティスと、その背後の隊列ごと、真っ二つに切り裂いた。
──だが。
「……詠唱、止まらねぇ!?」
倒れたはずの魔導士たちの口元が、なおも揺れている。
不気味な詠唱が空気を震わせる。
その時。
足元に──紫色の巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「──ッ!! ヤバいッ!!」
ガリウスの本能が警鐘を鳴らす。
「全隊、退避ィィィィィ!! 今すぐだッッ!!!」
咆哮のような指示が飛ぶが──
間に合わなかった。
足に、力が入らない。
腕が、斧を支えられない。
馬が崩れ、ガリウスは地に投げ出された。
「くっ……これは……生気を……奪う魔法……ッ!?」
敵も味方も、次々とその場に崩れていく。
よろめきながらも立ち上がるガリウスの背後で、兵たちが次々に膝をつき、沈黙する。
そして──魔法陣の中心に、黒い球体が生成された。
その球体が吸い込むのは──倒れた者の生命、死骸、装備すらも。
(ッ……マズい……これは殺すための魔法じゃねぇ……“収穫”だ……!)
ガリウスは歯を食いしばる。
そして──叫ぶ。
「──第五戦技 《鉄魂の拒絶障壁》 ッ!!」
自身の精神を護る戦技を発動し、なんとか意識を保つ。
球体は脈動し──そして、人型へと変化した。
魔法陣が光を収め、沈黙する。
戦場に残されたのは──
膝をつき、荒く息を吐くガリウス。
そして──闇から生まれた謎の人型存在。
(はぁ……はぁ……くそ……)
辺りを見渡せば、生き残っているのは魔法陣の外にいたわずかな兵のみ。
中心には、自分と──この“何か”だけ。
戦場は、今や“死場”と化していた。




