第10話『戦場はフェス会場、裏では滅亡準備中』
俺は、転生してから最大の難題にぶち当たっていた。
──時は数日前に遡る。
俺は──平穏に暮らしたいんだ!!
……なのに現状はどうだ!?
家はギシギシの木造。
床は踏むたび「ミシッ」とか「ギィ」とか嫌な声をあげる。
飯は腹六分。
娯楽はゼロ。
そして──風呂が無いッ!!!
いや、最初は「川でいいじゃん」って思ってたよ?
でも冷静に考えてみろ……冬場の川で水浴び?
一発で風邪、下手したら死ぬわ!
サバイバルだけで一日が終わる生活とか、冗談じゃねぇ!!
しかも、うちの民(?)は「これで十分」みたいな顔してるんだ。
おいお前ら……生きるって“ただ生き延びる”って意味じゃないからな!?
俺は耐えきれず、隣のカナに直撃質問をぶち込む。
「なぁカナ!? 正直、今のこの村、どう思う!?」
即答だった。
「雨漏りや水回りの状況を考えると……疫病のリスクとの戦いですね」
……おぉい。
想像の三倍深刻だったわ!!
「よし決定ー!! 経験値!! 生活向上に全ッ部ぶっこみます!!」
俺は指を突き上げて宣言する。
「この村を──いや、俺の生活をッ!! 温泉付き快適ハウスにしてやる!!!」
その瞬間、脳内に【スキルウィンドウ】がぱっと開いた。
目が痛いくらいに眩しい光が、選択肢の山を照らし出す。
その先に……俺の楽園がある!
こうして俺と村人による共同町化計画(通称:平穏への反逆)が──
……始まる、はずだった。
──はずだった。
いや……最初はうまくいくと思ったんだよ?
【聖剣化】ってスキルがあったからさ。
武器だけじゃなく、スコップや鍬にもエンチャントしてやれば作業効率バク上げできるじゃん?
で、近くの村から移住してきた人たちに渡して──水路とか畑とか、一気に整備しようぜって計画だった。
最初はドワーフのおっちゃんたちも乗り気だったんだ……最初は、な。
───
「主様? 水路って言ったって……この人数と道具じゃ、来年になっちまいやすぜ」
「そもそも、ここにそんなもん作れる知識を持った奴なんざ、いやしません」
ほら来た。知ってたけどな。
でも俺は、そこでニヤリと笑った。
「甘いな……任せろ!」
意識を集中し、【魔導建築具】を起動。
光の粒子が空中から溢れ出し、凝縮していく。
──やがて足元に並んだのは、
黒光りする魔力スコップ、地面を砕く魔導ドリル、木を粉砕する魔力チェーンソー、そして測量用の魔導コンパス。
「……っ!」
誰かが息を飲む音が聞こえた。村全体が静まり返る。
俺は軽くスコップを掲げてみせる。
「これで掘れ。軽いし、岩だろうが土だろうがスパッといける」
初老のドワーフに手渡すと、彼は試しに地面を突いた。
ズバァッ!
乾いた大地が、まるで豆腐みたいに真っ二つ。
「な……なんだこりゃ……! 軽い……のに……」
そして次の瞬間、不信感まみれだったその顔が、子供みたいな笑顔に変わった。
「わーーっ! めっちゃ掘れるんですけどーー!!!」
……おっさん、そのテンションはJKだけに許されるやつだぞ。
「よし! お前ら全員、その道具持って並べ! 俺は設計図を描く!」
木炭を握りしめ、地面に大きく水路のルートを引く。
要所に石で目印を置きながら説明する。
「ここから森沿いに引く! この角度なら水流が安定して、集落全体に行き渡る!」
村人たちは一斉に頷き、掘削開始。
ガガガッ、ズババッ! と魔導工具の音が響くたび、地面が面白いように割れていく。
……よし、これなら予定より早く──
──と思った、その時だった。
「……主様。鉄が……足りません」
作業を止めたドワーフが、肩で息をしながら言う。
「この先の地形だと、補強に鉄も銅も必要ですぜ」
……え?
「鉱石も? ぜんぜん……ありませしぇぇぇぇぇん」
膝から力が抜けた。
まさかの資源ショック。
だが、俺はすぐに顔を上げた。
諦める? そんな選択肢は、俺のスキルウィンドウに存在しない。
──資源がないなら、買えばいい。
金だ。
カネがあれば、なんでもできる!
そうと決まれば行動は早い。
村の食料を使い、保存の利く具沢山けんちん汁を仕込み、魔導保温鍋に詰め込む。
そして今──
俺は戦場の最前線でけんちん汁を売っている。
目の前では、鎧姿の兵士とドワーフの戦士が火花を散らし、後方では傭兵たちが「腹減った……」とつぶやいている。
「はーい! 温かいけんちん汁だよー! おかわり自由は有料だよー!」
……この世界、商売チャンスはいくらでも転がってるじゃねぇか。
──────
──んで、今に至るわけだが……。
俺は、ドワーフと人間がガチで殴り合う戦場の真っ只中──
屋台を引いて歩いていた。
「けんちん汁いらんかねー! 熱々ほかほか、野菜たっぷりだよー!」
カンッ! カンッ! と剣と斧がぶつかる音の横で、俺の声が響く。
冷静に考えてみろ。戦場で屋台って。狂気か。
前方から、髭モジャのドワーフ戦士が血走った目で駆け寄ってくる。
「おっ、兄ちゃん! それ俺にも……いっぱいくれや!」
「まいどー。はいよ、お待ち!」
ドワーフが湯気立つ椀を受け取り、一口すする。
「……う、うめぇ……! 野菜なんて……滅多に食えねぇから……ありがてぇ……」
どうやらドワーフの国は山岳地帯で、石と鉱石はゴロゴロしてるが畑はほぼ皆無。
主食は干し肉や保存食ばかりらしい。そりゃあ汁物に野菜が入ってたら涙目にもなるわな。
戦場でのけんちん汁は──飛ぶように売れた。
最初こそは、鎧姿の人間兵士に
「おい! ここは戦場だぞ! 死にてぇのか!?」
と怒鳴られたもんだが──
今ではすっかり見慣れた光景になったらしい。
前線から少し下がった場所で、鎧や鎖帷子を着た兵士たちと、髭面のドワーフ戦士たちが並んで汁をすする。
俺はその横を、ガラガラと屋台を引きながら次の客を探して歩く。
……これもう戦場っていうか、野外フェスじゃねぇか。
────────────
俺がけんちん汁を売りまくっている頃──
同じ戦場の別の場所では。
「リティス隊長! 報告です! 魔法陣の準備、完了しました!」
「……ほう。では、いよいよあの醜い山鼠共を、歴史から消せますね」
紅茶の香りが、血と鉄の臭いに満ちた空気の中に、異様なまでに漂っていた。
その男──アステリオン王国の指揮官、リティス。
死人のように青白い顔色と、骨ばった細身の体は、とても戦場に立つ戦士には見えない。
むしろ実験室に籠もる学者か、病床の患者のような佇まいだ。
見渡す限りの地面には、巨大な魔法陣が刻まれている。
淡い光が脈打ち、中心に立つリティスの影を不気味に揺らした。
彼は紅茶のカップを唇に運び──一口。
そして、カップの縁を指先でなぞり、その指をゆっくりと舐める。
「……始めましょうか」
低く、冷たい声が響いた。
───
一方その頃、俺の不在の本拠地では。
「主様が戻る前に、全部終わらせるのです! ほら、そこのヒゲ! もっと俊敏に動く!」
「は、はぃぃぃぃ!!」
「クーもばんばんやるー!」
「任せろー!」(バキバキバキッ!)
カナの号令のもと、村は軍隊じみたスピードで町作りが進められていた。
石を積む音、丸太を切る音、悲鳴と掛け声が入り混じり、拠点はまるで戦場のようだ。
ヒゲ面のドワーフは、額に汗を流しながら石垣を積み直し、クーは丸太三本を片腕で抱えて走り抜ける。
……シュンがいないときの拠点。
それは“静かな村”ではなく──“カナの軍事演習場”だった。




