8話
『婚約を願った理由はいくつかあるが、何よりも私がリリアン嬢を欲していることだ。呪いを受けてからこんなにも明るい気分になれたことなどなかった。悪名高い私だが、彼女の協力で誤解が消えれば名誉は回復できるのではないかと思っている』
アレクシオはさらに文字を連ねていく。他の理由としては、この状況を打破するために協力を申し出た私がアレクシオと共にいても不自然でない形にするため。婚約者としてなら城への出入りも当然あるし、王や王妃に弁明する機会を作りたいという。
『母、いや王妃には何度か手紙を書いたが、届いていないか、読まれていないか、信じられていないのか。とにかく状況が変わらない。王も王妃も数年会っていないし、諦めているのだろうな。兄弟姉妹からは毛嫌いされ、遠目にでも見かけると逃げられる』
悪いことをして叱られているうちはまだ良い。しかし更生をあきらめられてしまうと、関係はどんどん希薄になる。今のアレクシオはすでに周囲から見放された状態で、四面楚歌に陥っているのだ。
『今の状況で、私の行動は呪いのせいなのだと書いて伝えても、信じてくれる者はいない』
「……リリアンのことがなければ、私どもも信じ難かったでしょうね」
『すでに氷属性の魔法を持っているリリアン嬢は他人の本音を見抜く魔法まで持っている。二種類の魔法を持つ神の愛し子であることを公表しないのは、この魔法の性質故かと思う。知られればいくらでも利用でき、あくどい者からは排除されかねない』
アレクシオもよくわかっている。だからあくまでもこの本音を見抜く魔法について明かすのは、弁明する相手のみ。王と王妃に限定するから説得に協力してほしい、とのことだった。
この能力は王族からしても危険視されかねないが、だからこそ先に種を明かしておいた方が、後々どこかで露見するよりも信用を得やすい。
この魔法は嘘を見抜くことに特化しており、口にしていない情報は暴けないというデメリットもある。その点を理解していれば王家としても管理しやすく、敵視はされにくいはずだという考えだった。
『そして上手くいけばそのまま私と婚姻を結んでほしい。来年領地を与えられ公爵になる予定となっている。その領地はまだ定まっておらず、おそらく王都からは離れるだろうが、その方が陰謀や策略からは遠く、特殊な能力を持つリリアン嬢を守れるのではないかとも考えている。それに、元婚約者のいる水の公爵家との関わりも減るだろう』
それはそうなのかもしれない。いつかこの能力について知られた時、王都に居れば危険は増すだろう。私について誤解があるエリオットとも顔は合わせづらい。実家からは遠くなってしまうが、そんなに悪くない気もしてきた。
『王家の魔法属性は特殊だ。どのような属性とも親和性が高いと言われている。グレイシー家も王家と縁続きになることが』
ここまで書いてアレクシオはペンを一度止め、首を振った。
『どうにか利点をあげ連ねているが、障害が多く、もし上手く誤解を解けなかった場合のデメリットが大きいことも理解している。私にとっての利益が大きいだけだ。だから、婚約は断ってもらっても構わない。愚かな末の王子の愚かな噂が一つ増えるだけに収まる』
「……私は殿下に協力すると申し上げました。それに、共にいて明るい気持ちになれたというのは……殿下だけが感じていたことではございません」
アレクシオが不審そうな顔でじっと私を見る。だんだん分かってきたのだが、これは彼が驚いたときの表情ではないだろうか。家族の静かな視線も感じる中で、私は彼を見つめ返した。
「十歳の頃から他人の本音と建て前を、表裏の大きさを見続けた結果、私は表情が動かなくなってしまいました。表裏のある人間を見ることに疲れていたのです」
「私は表裏がないからな」
【私ほど表裏のある人間はいないのではないか?】
「ええ。……常に本音が見える殿下は、私にとってはむしろとても正直な方です。殿下の本音はいつも綺麗ですから、見ていて心地よいのですよ。私は殿下とお話ししている時が一番、気を張らずにいられるように思います」
これは私の正直な気持ちだった。本当のことを言おうとしていつも嘘を口にしてしまうアレクシオは、常に本音が見えている。その見える本音が彼の性格を表すものであり、見える言葉に悪意がない。これだけの環境にいて性格がねじ曲がらないままでいることも賞賛に値する。
私はアレクシオの人柄が結構好きなのだ。彼はそんな私の言葉を聞いて、落ち着かないように顔をそむけながら耳の裏をかいた。……やはりこれは照れた時の癖ではないだろうか。
「ああ……それなら決まりでしょう。リリアンも殿下との婚約に異論はない様子。ならば、我が家としても問題ありません。そうだね、ヴィオラ」
「ええ……そうですわね。息が合うようですから」
「しかし、アレクシオ殿下。……国王両陛下の承認は得られておりますか?」
『侯爵家以上なら好きに公爵夫人を選んでいいと通達があった。……もしその家の承認が得られるならば、だそうだが』
公爵夫人を選ぶ、という内容から察するにこれはごく最近の話だろう。彼が公爵となるのが決まったのは、まだ公式にも発表されていないくらいだ。
しかし侯爵位以上の貴族家なら、基本的に魔力量が多いため婚約が決まるのも早く、年頃の令嬢は皆婚約済みだ。わざわざ婚約済の他家のつながりを乱してまで王からも嫌われている王子を受け入れたい家などいない。本来なら条件に合う者などいないはずだったが、たまたま婚約を解消したために私は条件に一致したのだ。
それならば決まりだろう。あとは王家に報告をし、その承認を得ることになるはずだ。
「それでは王家の承認を得られたら正式に婚約成立といたしましょう。グレイシー家としては、アレクシオ殿下とのご縁を喜んでおります」
そうして婚約合意の挨拶として父が差し出した手を、アレクシオは不満そうな顔で握り返した。
「私は酷い悪縁だと思っているがな」
【これ以上にない縁だ、ありがとう】
口にした言葉があまりにも不本意だったのか胡散臭いほど輝かしい笑みの浮かぶ横顔と、そんな彼に苦笑する両親、そして「姉上が絶対苦労しますよ」と小さく呟くマレウスの声に私は軽く頷いた。
「けれど私以外にできそうにない役目で、やりがいはありそう」
「……姉上が生き生きとしているから、反対しづらいです」
ただ氷の魔石を生み続ける一生よりは、ずっと難しくて障害も苦労も多そうだが、私にしか救えない人のためであれば頑張れそうなのだ。……生きる理由を見つけた、とでも言えばいいのだろうか。
(これまで苦しむばかりだった力が誰かの役に立つことが嬉しい。……せっかくの祝福を、呪いにしてはいけないもの)
本来与えられるもの以上の贈り物、二つ目の魔法。その祝福を呪いと捉えるのではなく、誰かを救うために使えるかもしれない。アレクシオの呪いと私の祝福は、対になっている。だから、これはきっと神が与えた縁なのだろう。
「殿下。……不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
私の声に、アレクシオは口を開きかけたが言葉を発することなく口を結び、頷いた。
「さて、めでたく話がまとまったところで、昼食の用意をしてございます。殿下、ご一緒にいかがでしょうか?」
「誰がこの家の粗末な食事など……」
【ありがとう、是非喜んで】
「……殿下は心から喜んでいるせいで、余計に口が悪くなってしまうようです」
アレクシオは口を塞いで出かけた言葉を押さえ込む。耳に聞こえる言葉は酷いものだ。だからこそ私が補足すると、小さな笑いが漏れる。
「アレクシオ殿下がとてつもない天邪鬼だと思えばなんとなく分かりますね、姉上」
そうやって理解してくれればアレクシオは嬉しいだろう。……マレウスの発言に困ったような顔をするアレクシオを、彼自身の家族が理解してくれれば良いのだけれど。
アレクシオからすればまあ、リリアン以上に欲しい嫁もいないと思います。
ジャンル別週間一位…!
勢いがすごいですね。本当にたくさん応援いただけて嬉しいです、ありがとうございます。