7話
このままではアレクシオが不利だ。会談の前に確認するべきことがある。邸のロビーにアレクシオを招き入れたところで私は口を開いた。
「お父様、先にアレクシオ殿下へお尋ねしたいことがございます」
「……分かった、少し離れていよう」
家族も私が彼について言えないことがあると察しているのだろう。あれだけ「悪い人ではない」と言いながら具体的な話は何もしていないので当然かもしれないが。
父は母と弟を連れて会話の聞こえない距離まで離れ、何か問題が起きないかとこちらをじっと見守る体勢に入った。私はそこで改めてアレクシオに向き直る。
「殿下。……誤解を生まぬよう、説明してもよろしいでしょうか? 魔法の種類については伏せてお話ししようと考えております」
「いいはずがないだろうが。家族には何も話すな」
【もちろんだ。お前の家族になら魔法のことを明かしても構わない】
そうは言っても時を操る魔法などという特殊な例を王家より先に、侯爵家である私の家族が知っていいとは思えない。しかし呪いについて説明しなければ誤解は解けず、家族の理解は得られないだろう。……ひとまず呪いについて明かせるならどうにかなるはずだ。
「アレクシオ殿下の許可をいただけましたので、先にお話ししておきたいことがあるのですけれど……」
「リリアン、お客様をロビーに立たせたままであるのは礼を失する。それでも話さなくてはいけないことか?」
「ええ、お父様。何よりも先にお話ししておくべきですわ」
部屋に案内するまでにも言葉を交わすのに、さらに誤解が深まって印象が悪くなったり、今にも噛みつきそうな顔をしている弟が余計なことを言って溝が深まったりしないためにも、真っ先に伝えなくてはならないのである。
「殿下は、逆さ言葉の呪いを受けておいでです。ですから何をおっしゃってもお言葉通りに受け取らないでくださいませ」
「……それは……」
困惑したようにアレクシオを見る父ベルトラン、声を出さぬように口に手を当てる母ヴィオラ、睨みつけていた目を見開いている弟マレウス、と反応は三者三様だが皆驚いている。
三人は私の能力や性格を知っているので私の言葉を疑わないだろう。しかしすぐに信じられるようなことでもないはずだ。
アレクシオは不機嫌そうな顔で頷いた。……本当は、彼は今どんな気持ちで、どんな顔をしていたのだろうと思った。
(ずっと誰かに理解してほしかったでしょうから……笑っているのかしら。それとも泣きたいような心境かしら)
その心境は想像するしかない。何せ、表情すらあべこべになってしまう。ただ、少なくとも不機嫌なわけではない。どちらかと言えば正の感情なのだろうと、そうであってほしい願望も込みで考えた。
少し落ち着いてから全員で応接室へと移動する。さすがに王族が訪れることは想定して作られていないが、公爵家くらいなら迎えられる格式の部屋だ。
「静かにお話しできる部屋をご用意いたしました。さすがに王家の格に合う部屋とまでは行きませんが、どうかご容赦ください」
「確かに少しみすぼらしいが我慢してやる」
【無理を言って訪れたのはこちらだ、感謝する】
本音が見えていない父が確認するようにこちらに視線を送ってきたので頷いた。表面の言葉しか聴こえなければ、本当にただ嫌味な人間に見えるだろう。
応接室には長卓が一つ用意されている。その一端である上座にはアレクシオが座り、左右に分かれて父と母、私と弟がそれぞれ向かい合うように並んだ。
「アレクシオ殿下、本日は娘との婚約についての話し合いの場を設けるつもりでございましたが……まずは呪いについてお聞かせ願えますでしょうか」
「そんなものはない。私はいつもありのままを話しているからな」
【何を言おうと別の言葉となるので私から説明するのは難しいんだが……】
「殿下、私からお話しいたします」
「おい、余計なことはするな」
【すまない、頼んだ】
困惑する家族へ、現在のアレクシオを取り囲む状況について説明していく。先日庭園で聞いた話を、時魔法を除いてほとんど伝えた。
つまり、彼は望みと違うことを言ってしまうせいで好ましくない取り巻きに囲まれており、学習環境にも問題があったので文字を覚えた頃には完全に周囲の人間が入れ替わってしまっていて、自分の状況について伝えようにも取り巻きがアレクシオに忖度して手紙での釈明すらできない状況であるということだ。
「そういえば、こちらへの連絡はどなたが?」
「私の忠実な下僕だ」
【私自身が届けたんだ、余計なことをされては困るからな】
「殿下自身が届けていらっしゃったのですか。……お返事は無事に届きましたの?」
「特に問題はなかったな」
【封が割られていたな……】
「まあ……それでは誰かに見られたということですね。会談の申し入れなので特に問題はないでしょうけれど……」
「逢引の約束でも書いてあれば面白かったのにな?」
【それでも不快だろう、申し訳ない】
私は彼の心の文字に返事をしているが、周囲で聞いていればちぐはぐな会話に思えるはずだ。両親も弟も会話に入れず固まっている。
「殿下、筆談ならできますでしょう? 用意させます」
「そんなものはいらない」
【頼む、お前の家族とも話したい】
「分かりました。無作法ですが椅子も近づけたほうがよろしいですね。お父様、お母様、マレウス。殿下が筆談でお話ししたいとのことなので、椅子を移動させましょう」
「……分かった、準備をさせよう」
ベルを鳴らして使用人を呼び、紙とペンを用意させ、さらに席のセッティングをやり直させた。それを待っている間、困ったような顔をした父から話しかけられる。
「たしかに聞こえる会話は噛み合っていないが、君と殿下は意思の疎通ができているように見える」
「ええ。私の場合は本音にお返事をしますからこのようになりますが、表面のお言葉にお返事をすると下手に噛み合ってしまい意図せぬ方向へ流れるそうです。……殿下は苦労なさっています」
アレクシオの呪いは、相手からの言葉にはちゃんと返事ができているのだが、それがアレクシオの望みとは違う答えになってしまうようなのだ。私は本音に返すので聞いた事とは全く違う内容を話しかけたとしても、アレクシオは前の会話を引きずらず私の新しい言葉に反応して喋るため、傍から見ればちぐはぐに映る。
しかしそのまま会話を続けていれば、私が明らかにおかしな返答をしていることにアレクシオが反応しないことにも気づくため、周囲で聞いていただけの父にもこの呪いが分かりやすくなったのだろう。
「それでは殿下、改めてお尋ねいたします。……娘との婚約をお望みなのは事実でしょうか。そして、何をお考えなのか御教え願いたく存じます」
セッティングが終わり、改めて席に着きなおしたところで父がアレクシオへと問いかける。頷いた彼は紙にペンを走らせた。
『リリアン嬢だけが私を理解してくれた』と書かれた紙をこちらに向けながら、アレクシオが口を開く。
「この女は私に逆らうので屈服させてやろうと思ってな」
しかし私に見える本音は紙に書かれているものと同じだ。これで家族は私が見ている光景を理解しやすくなっただろう。
アレクシオはそう口にしながら、不敵な笑顔になってしまったため私はさらに補足しておく。
「殿下の表情にも言葉と同じく呪いの影響があるそうです。周囲に全く気付かれなかった原因はこれもあるかと……」
「難儀すぎる……殿下は姉上だけが頼りということですね。優しい姉上が放っておけないのも分かります」
それまで黙り込んでいた弟が小さく漏らした呟きに一同頷いた。……私が彼の助けになってあげたいと思う気持ちを分かってもらえたようで何よりである。
アレクシオの言葉と表情だけ受け取ると本当に嫌な奴なんですよね。
まさかこんなにたくさんの方に読んでいただけるとは…驚きです。
感想欄が大変面白いことになっていてありがとうございます、作者は笑っています。ブクマや評価、リアクションなどの応援もたくさんありがとうございます…!