6話
「今朝早く、身形の良いお方からお預かりしたのですが……」
庭で洗濯の仕事をしていた使用人は門の外から声を掛けられ、一目見て高級紙と分かる手紙を渡された。相手は無言でそれを差し出してきたが、見るからに高位の貴族であり、受け取らないわけにも行かずに預かってしまったという。
相手が去ったあと手紙の封蝋を確認したら王家の紋が使われており、使用人は泣きそうな顔でこれを持ってきたのだ。
まずグレイシー家当主である父ベルトランが手紙を開封し、中を確認して一瞬息が止まった。そのまま無言で母のヴィオラに手紙を渡し、母もまた同じように固まった。
「そんなに悪い知らせなのですか?」
使用人から手紙のことを最初に知らされた弟のマレウスは不安そうに両親の様子を伺い、彼に一緒に来てほしいと父の執務室まで連れてこられた私は何となく手紙の主を察しながら、両親の反応を待つ。
「第四王子……アレクシオ殿下が、リリアンに婚約を申し込みたいと」
「あの馬鹿王子が姉上とですか!?」
アレクシオの評判を考えれば弟の反応は仕方がないのだが、彼は彼で事情があるのだ。そこまで言わないであげてほしい。
(けれど……まさか婚約の申し入れなんて、驚いたわ)
私は表情が動かないので表には出ていないが、これでもかなり驚いている。
ただアレクシオの事情を考えればおかしな提案でもない。私が隣にいれば本音を知って周囲に伝えることもできるが、婚約者でもないのに隣にいては間違いなく悪い噂が立つ。一緒に過ごす理由としてはこれ以上にないものだろう。
「リリアン。アレクシオ殿下の噂は知っているね? 断っても構わない」
侯爵家の我が家では王家からの縁談を断るのは難しい。それでもベルトランは父親として、本心からそう言ってくれていた。……声を発しても文字が見えなければそれは本心からの言葉だと分かる、それもこの魔法の効果の一つだから。
「ありがとうございます、父上。しかしアレクシオ殿下は噂ほど悪い方ではないのですよ」
「……姉上、それは騙されて……はいないですよね。姉上ですから」
「ええ、本音を見ての判断だから。しかし……どういうおつもりなのかはお聞きしたいですね」
アレクシオの呪いについての説明ができないままでは家族も納得をしないだろうし、私もどこまで話すべきか相談したい。そしてなによりアレクシオの意図を知りたかった。
彼はエリオットとの会話も聞いていたようなので、私の婚約解消についてもある程度は察しているだろう。その上で私に婚約を申し込むのは、婚約者という立場を利用するためだけか、それとも他にも理由があるのか。
(悪い人ではないとは思うけれど、どういう考えなのかまで想像できるほどあの方を知らないもの)
父は頷き、話し合いの場を設けたいという返事を出すと言ってくれた。するとそれまで静かに考え込んでいた母がゆったりと首を傾げる。
「……どうかいたしましたか?」
「貴女が婚約を嫌がっていないように見えたから。アレクシオ殿下に会うのは、本当に嫌ではないのね」
私の表情は動かないけれど、それでも母親であるヴィオラには私の感情が見てとれるらしい。エリオットと会う前は憂鬱だったのでその違いが伝わっているのだろう。
だから彼女の言葉には「エリオットと違って」という対比の意味が込められている。それは事実だったので頷いた。……私はアレクシオと話すのが苦痛ではない。
「噂は案外あてにならないもの。貴女が悪い御方ではないと言うのなら私は信じましょう」
「バ……アレクシオ王子の性格が悪くないにしても、これだけ評判が悪ければ姉上が苦労します」
「私の評判も良くはないのだけど……」
「姉上に嫉妬してくだらない噂をまき散らす低能の話なんてお気になさらず」
我が弟マレウスはなかなか過激な思想を持っているので姉としては心配なところである。しかし彼はとても素直で、話していてもほとんど本音が文字として見えることはないため、私としては可愛い弟でもあった。……可愛がりすぎたのかもしれないが。
本音の文字が浮かばない会話から家族が本気で私を想ってくれていることがよく伝わってくる。こんな能力を持っていても、会話を嫌がるのではなく、できるだけ本心で接しようとしてくれる良い家族だ。私はこの家に生まれることができて本当に良かったと思っている。
(……アレクシオ殿下は……家族との絆が切れているのかもしれない。何とか力になってさしあげたいけれど……)
その後、アレクシオと何度か手紙のやり取りをして日程を取り決めた。爵位の違いを考えればこちらから伺わなければならないはずだが、アレクシオの方がグレイシー家に訪れたいとの要望で、会談は我が家で行われる運びである。
そして会談当日。アレクシオは供も連れずに一人で訪れた。私と両親、そして弟が出迎えて挨拶をしたところ、彼はふてぶてしい笑顔でこう言った。
「お前の顔など見たくなかったんだがな」
【会えてよかった、息災か?】
「失礼ながら、そのようなことをおっしゃるなら何故姉上に婚約を求められたので?」
【失礼なのは僕じゃなくてこの男だけど】
相変わらず呪いの影響で大変そうだ。私でなければ誤解をするしかない彼の言動に、私が言葉を返すより早く弟の方が反応してしまった。すかさず父がフォローに入るが、その内心は厳しい。
「マレウス、黙りなさい。……殿下、申し訳ございません。中へどうぞ。ご案内いたします」
【むしろ娘に謝ってほしいところだな】
どうやら最初からかなり状況が悪い。私は少々困りながらアレクシオを見上げた。表情すらままならぬ呪いを受けている彼は大胆不敵な笑みを浮かべている。……それが私には、非常に困っているように見えた。
総合日間連載中で一位になってました。わァ…!
読者さん方がたくさん応援してくださるおかげです、ありがとうございます!