4話
呪いとは、魔法を発現した際に稀に見られる現象である。その魔法が人間の身に余る強大な力であった時、器である体が耐え切れずに障害が起きるようになるもの。
例えば片腕が動かせなくなったり、走れなくなったりといった身体的な障害や、記憶を保ちにくくなるとか、今のアレクシオのように思い通りの言動ができなくなるとか、見た目には分からないようなものまで様々だ。
(貴重な魔法を持った者に現れやすいというし……アレクシオ殿下は、治癒魔法の持ち主。呪いの発症例はないけれど、貴重な珍しい魔法だからありえなくはない。誰も気付かなかったのかしら)
魔法が発現しやすい思春期の頃は精神的にも安定しない年齢だ。手に入れた力によっては優越感に浸って傲慢になることがある。魔法の発現とともに性格ががらりと変わることは珍しくはない。
実際に私もかなり口数が減ったし、人々は「氷魔法を手に入れたから傲慢になった」と判断している。アレクシオの場合も同じなのかもしれない。
「周りにはどうにか伝えられないのでしょうか?」
「私の意思は常に周囲に伝えている。周囲も理解して先んじて行動してくれるからな」
【こういう人間だと思われているのだから何も伝わらない。周りの人間もそれを前提に動いてしまう】
それからしばらく話を聞いたところ、アレクシオの状況はかなり追い詰められていた。彼も私と同じように早くから魔法が発現したタイプで、しかもそれは六歳の頃だ。ちょうど学問を始める年齢であり、教師をつけて勉強を始める頃にこの呪いを受けてしまった。
つまり、教師の話が分かる時は「分からない」分からない時は「分かる」と答えてしまうし、勉強が進むはずもない。悪童として知られた彼にまともな教育をしてくれる者はおらず、文字の読み書きを覚えるのにも時間が掛ってしまった。
「手紙はいくらでも気取って書けるから嫌いでな。直接話すのが一番心も伝わるだろう」
【文字なら正直に書けるが、それまでの言葉のせいでまともに取り合ってもらえなかったからな……しかも思ってもいない世辞なら口にできてしまう】
「なんと……せめて表情で伝えられれば違うのでしょうけれど……」
「素直に顔に出ているだろうが」
【できないからこうなっているんだ……】
世辞に関しては思っていないことなのですらすら言える。意に沿わぬことを口にしてしまうばかりに、周囲に集まるのは思想の合わない者ばかりになった。そのうえ表情まで自由にならず、言葉に合わせるような顔をしてしまう。こうして勘違いが加速していき、評判最悪の王子が出来上がってしまったようだった。
あまりにも憐れでさすがに同情してしまう。これは私よりもずっと生きづらいだろう。
「お前と話して気分が悪くなったな」
【誰かとまともに話せたのは初めてだ。……嬉しい】
「……私も殿下のような方は初めてです」
私には他人の本音が見えている。だからこそ表裏のある人間が嫌いだったが、アレクシオの場合は裏側の言葉の方が善意的で、見えている言葉が不快にならない。呪いのせいで思ってもいないことを口にしてしまうだけで、彼自身は悪い人間ではないのだろう。
「しかし何故こんなところにいた? 間が悪いぞ」
【おかげで助かったがな】
純粋な問いかけであれば逆さにならないこともあるらしい。【おかげで助かった】と「間が悪い」という、彼の感情を示す言葉だけが逆さとなっている。
こうしてすべての言葉がちぐはぐにはならず、聞いた人間が違和感を覚えないようになっているのだろう。これだから呪いは厄介なのだ。……見た目には、呪いを受けているなんてことが分からない。
「外の空気を吸いに来ただけでしたが、お役に立てて何より……ッ……」
ふいに重心をずらしたことで足が痛み、言葉が詰まった。意識していれば我慢できる程度だが、先ほどよりもひどくなっているかもしれない。
「礼を失した態度だな、なんだ?」
【どこか痛むのか?】
こうして心配する言葉ですら横柄な言葉に変換されてしまうのだから、本当にこの人は生きづらいだろう。
噂は当てにならないものだ。彼に同情したせいなのか、表裏のある言葉が彼の望みではないせいか、私はむしろ誰よりも会話しやすいけれど。
「少々、足を捻りまして……」
「なんだ、そんなことか」
【それは早く言え】
素直に答えるとアレクシオは私に向かって手を翳し、魔法を使う際に現れる淡い光が私を包む。その途端に痛みと熱が引いていった。
礼を言いながら足の具合を確認していたら、奇妙なことに気づいた。治癒魔法というものは、その人間が持つ治癒力を活性化させて、素早く治す仕組み。傷や病の程度によっては疲労を感じるし、出血があれば瘡蓋ができてから治るのだ。
(……おかしいわね。擦り傷もあったし、少し血も出ていたのに)
瘡蓋も血の跡も残っていない。治癒が加速したというより、怪我をする前まで時が戻ったかの様だ。しかもドレスについた土の汚れまで消えている。……さすがにこれは治癒魔法ではないだろう。
治癒魔法は貴重だが、その使い手で呪い持ちの前例はない。だからこそ治癒魔法の遣い手である彼の呪いを誰も疑ってこなかった。ならば彼はもしかすると治癒魔法よりも――もっと貴重な魔法を使えるのではないだろうか。
「……殿下、この魔法は……」
「知っての通り、治癒魔法だ」
【そうだ、治癒魔法ではない】
これほどの呪いを受けるような魔法。……おそらく、彼は時を巻き戻した。アレクシオは時を操る魔法を授けられたのだ。
あまりにも規格外。呪いを受けなければおかしいくらい、人の身には余る力。これは人に知られない方がいい、私の二つ目の魔法よりもずっと、人々を混乱させるだろう。
それをアレクシオは私に見せた。きっと気づかれる可能性も承知の上のはずだ。
「何故、私に教えてくださったんですか?」
「自惚れるなよ、たわけ者」
【お前だけが私を理解してくれたからな……不思議な人だ】
そう言いながら怒ったように口元を歪めるアレクシオに、やはり同情してしまう。彼には理解者が必要なのに、頼るべき肉親は彼を遠ざけていると私でさえ知っている。
彼を助けられるとすれば――本音を見る魔法を持っている、私くらいではないだろうか。
(……私にしかできない人助け、ね)
今の私に生きる意味があるのか。そう悩んでいたところにやるべきことを見つけたような気持ちだ。
私は呪いのせいで苦境に陥っているアレクシオを、どうにか手助けしてあげたくなった。
「殿下。……私はグレイシー侯爵家のリリアンと申します。氷属性の魔法を得た者です。しかし、実はもう一種類の魔法を授けられております。……その人が口にした言葉が偽りであったなら、本音が見えるという魔法です」
固まったように私を見つめるアレクシオに、ドレスのスカートをつまみながら膝を落として一礼した。
「私にできることがありましたら、何なりとお申し付けください」
感想欄にも呪いシステムが発動していて笑っています。
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