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3話



(アレクシオ殿下は……かなりの遊び人だという噂だけれど……)



 王族の中の問題児、第四王子アレクシオ。彼の名は悪い意味で有名だった。


 王族は特殊な魔法を生まれ持ち、そのほとんどは国を守る盾を象徴する防御壁を作る魔法だ。しかし稀に特異な魔法を扱える者が現れることがある。

 アレクシオは治癒の魔法を生まれ持ったその特異な王族であり、貴重な魔法の使い手ゆえに尊大で傲慢、他人の言葉に耳を傾けず、遊んでばかりと悪評が立っていた。

 王家に反発するような思想の人間と付き合いが多いとか、女遊びが激しいとか。口も悪く、王の話ですらまともに聞かない。そんな態度の悪さなので、そろそろ継承権を剥奪され、遠い領地に追いやられるのではないかとすら噂されている。

 できることなら関わりたくはないが、しかし。本音が見えてしまうからこそ本気で困っているのが分かるというのに、放置していいものなのか。



「こんなところに来る人なんて、私たち以外にいるのかしら……?」


「ああ。ここなら誰も来ないだろうな」

【誰でもいいから助けてくれ】



 私にだけ見える本音。これは嘘ではない。それなら素直に断ればいいだろうに、何か断れない理由があるのだろう。……心の中では助けを求めている。

 女性はアレクシオの腕を取り、その胸を押し付けている。そんな姿に「積極的でいいじゃないか」と笑みを浮かべながら【やめてくれ!】と叫ぶ本音。……ちぐはぐの光景に頭が混乱してきた。

 しかしとにかく彼が助けを求めていることは事実のため、私は仕方なく生垣に手を突き入れる。がさりと硬い葉同士が擦れる音で、二人の視線がこちらへ向いた。



「失礼、少々休憩をしておりまして……」


「っきゃあ……!」



 女性の方は顔を隠しながら走り去った。もし未婚なのに男性と肉体関係を持ったことが知られ社交場の噂になれば礼節が汚されて恥となる。未遂ではあったが、確実にそういう雰囲気だったので噂にされてはたまらないと逃げだしたのだ。

 まあどこの家の令嬢なのか私には分からないし、話す相手もいないため今回のことが噂になることなどないから安心してほしいものだ。



「いいところだったのに……」

【本当に助かった……】



 私はアレクシオの言葉とその本音の違いに困惑する。これまで「良い言葉」を口にしながら内面では悪態をついているような人間はたくさん見てきたけれど、その逆とは珍しい。というより、初めて見た。

 彼はすたすたと歩いてこちらに近づいてくる。月光に照らされたその表情は暗い。彼の漆黒の髪や瞳がなおさら、その印象を強めている。



「余計なことをしてくれた」

【ありがとう、心の底から感謝したい】



 そう言いながら、暗い表情から一転して笑みを浮かべる。しかし笑っているのに、目は暗いままだ。作り笑いなのだろうか。

 これはどう対応したものかとしばし戸惑い、アレクシオを見つめ続けた。表裏の激しい人を前にして言葉を探し、無言になってしまうのは私の悪い癖だが、彼はその場を去ることも、言葉を続けることもなく私の返答を待っている。



「……感謝をしているならそうおっしゃればいいのですよ、殿下」


「……は?」


「先ほどの女性についても、はっきり拒絶なさればよろしかったのですわ。その気がないのに何故わざわざ人気のない場所へ来られましたの?」



 私も混乱していて余計なことを言ったかもしれない。それを聞いたアレクシオは怒りの表情を浮かべていた。



「その気だったからわざわざ人気のない場所に来たんだ。お前がいたせいで失敗したがな」

【逃げようとしていたらいつの間にかこんなところに来てしまっただけだ。お前のおかげで助かったが……】



 嘘を口にした場合に本音が見えるこの魔法は神から与えられたものなので、見えている言葉には絶対に間違いなどなく、アレクシオの本音は声にしているものとは別のはずである。口や顔は怒りを表現しているのに、内心ではやはり感謝をしている。

 しかし何故こんなにも真逆のことを言うのか分からない。こんなことを言わなければならない理由でもあるというのだろうか。



「……天邪鬼すぎませんこと……?」


「私は素直だが?」

【嘘しか言えないからな……】



 その文字を見て驚き、思わず「嘘しか言えない……?」と繰り返してしまった。そんな私の呟きにアレクシオはかなり不審そうに、奇妙なものを見る目になって、私の姿を上から下まで確認する。



「お前ほど私の話を素直に聞かない人間は初めて見た」

【私の言いたいことが分かるのか?】



 不満そうな表情を浮かべるアレクシオの暗い瞳に僅かな希望の光が灯ったように見えた。もしかして、彼本人は嘘を吐きたくてついているわけではないのかもしれない。

 誰かに強制されているのかとも考えたが、それはおそらく違う。末の王子で王位継承権の序列は低いにしても、王族なのだ。そんな彼に命令を下せる者など他の王族くらいだろう。しかし彼の行いは王家の恥として囁かれる程で、王家にとっても利点がない。


(誰に命じられている訳でもなく、性格がねじ曲がっているのでもなく、思ってもいないことを口にしてしまう……それって……)


 一つだけ心当たりがあった。まさか、とは思いつつも尋ねずにはいられない。



「アレクシオ殿下。……もしや逆さ言葉の呪いをお持ちですか?」



 この世界には呪いが存在する。決して人間が逆らうことのできないような、強制力のある縛り。あるとするならそれくらいしか理由が思い当たらなかった。



「ちがう」

【そうだ】



 呆れたような顔と、暗く沈んだ瞳。もしかすると言葉だけでなく表情もままならないのかもしれない。……ああ、これは非常に厄介で、なおかつ大変なことだ。






初日から想像以上に多くの方に読んでもらえていて嬉しいです。ありがとうございます。


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