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2話



 エリオットとの婚約は両家の合意により翌日には解消された。やはりノアレイン公爵家としても、評判の悪い私よりも新しく見つかった氷属性の伯爵令嬢の方が良いという判断だったのだろう。

 公爵家からの縁談であれば、伯爵家は断らないはずだ。これでエリオットは望む通りオリヴィエと結婚できる。


 そんな婚約解消から半月後、私は王家主催の春を寿ぐ宴へとやってきていた。本来なら婚約者と訪れる予定だったが、婚約を解消したため私はエスコートもなく一人で会場に入る。

 今回の宴で招待されたのは各家から一人ずつ、なおかつこれからを担う若い世代の交流という名目のパーティーで、まだ婚約の定まっていない者もいるため単独での参加は珍しくないが、何年も婚約者と共に行動してきた私が一人であるのは目立つ。多くの視線が突き刺さるようだった。



「本当だったのね、あのお二人の婚約解消の話……」


「だって氷姫だもの。……御覧になって、婚約解消したばかりでもあの凍てつくような表情。よく尽くしていらっしゃったエリオットさまがお可哀想」



 貴族の噂は早いもので、私たちの婚約解消はすでに知られているようだ。ひそひそと交わされる話も時には聞こえてくる。……聞かせているのかもしれないが。

 おおよそエリオットに同情的であり、私に対しては「あの氷姫だから」と振られて当然と言わんばかりの内容が多い。婚約解消を言い出したのは私の方なのだけど、どうやら冷たくしすぎてエリオットから別れを切り出されたものと思われているらしい。



「グレイシー嬢、相変わらずお美しいですね。……実は常々お話したいと思っていましてね。私と一曲いかがですか?」

【相変わらず冷たそうな顔だな。でも氷属性を手に入れるチャンスだ、優しくしてやろう】



 話したこともないどこかの令息に声をかけられたが、本音が見えてしまったためにどう答えたものか迷い、無言でその顔を見つめ返していると、笑顔を引きつらせながら去っていった。

 こうして返答に迷っている間に相手が会話をあきらめることはよくある。そして、会話にすら答えない高慢な氷姫の印象が強まってしまうのだ。……いつものことでもう慣れているけれど。



「リリアン嬢、お聞きしましたわ。さぞお辛いでしょう。……でもあれほどエリオットさまは貴女を愛していらしたのに、何かございましたの?」

【氷属性だからと調子の乗っているからよ、いい気味ね。愛想をつかされたんでしょう?】


「……お互いに納得しての婚約解消ですわ」



 壁の花となっている私にわざわざ話しかけてきた令嬢は、口では心配するようなことを言いながら、あざ笑いに来ただけらしい。やはり社交の場は嫌いだ。

 エリオットがいた時は嫉妬と羨望の本音が見えていたけれど、今は侮蔑と嘲笑の本音ばかり。人間の表裏の激しさに辟易としてきた私は静かに大広間を抜け出し、庭園へと逃げてきた。ここなら人気もなく静かに過ごせるだろう。



(私、本当に一人なのね。……友人ができるはずもないか)



 十歳から婚約者が決まっていた。しかもそれは公爵家の嫡男だ。貴重な氷属性であることも嫉妬の対象である。

 しかし次期公爵夫人で氷属性ともなれば、親しくなっておきたいと打算的な者も多くなる。そういう下心で仲良くしようと近づいて来る者たちの本音が見えてしまい、突然それが分かるようになったばかりの当時の私が上手く対応できるはずもなかった。



(環境が変わっていく中で取り残されて、それまで交流のあった者は離れ、新しく近づいてきた者も受け入れられず……エリオットさまと別れて、気づけば一人きり)



 私の傍にはいつもエリオットがいてくれたけれど、彼も婚約者という立場に縛られて大変苦しそうであった。将来結婚するから愛そうと努力して、形からでもそうしようとしていたけれど、そのすべてが私にとっては裏目に出てしまう。

 彼の言動と本音の違いに幼い私は傷ついて表情が消え、そんな私を彼はもっと疎ましく感じるようになった。……笑わない、可愛くない女だといつも思っていることだけは見えていたので知っている。

 それでも傍にいて優しくしようとしてくれていたので、エリオットのこと自体は嫌いにはなれない。私たちの相性が悪かっただけである。……どうかこのままオリヴィエ嬢と幸せになってほしい。



(ッ痛……いけない、足が……)



 夜の庭園は花も美しく見えなければ、足元も暗い。慣れない靴を履いていたためうっかり足を捻ってしまい、どうしようかと思っていたら近くにベンチを見つけた。痛みを堪えながらそこに向かい、ひとまず腰を下ろす。



(ここ、生垣に囲まれて死角になっているのね。都合がいいわ)



 いっそこのままパーティーが終わるまで時間を潰そう。じんじんと熱を持ち、痛む足も休めたい。そうして風にあたって過ごしていると、どこからか人の話し声のようなものが近づいてきた。

 どうやら男女で、逢引の最中のようだ。男が女を誘い、女も楽しそうについてきているようである。


(……こっちに来ないといいのだけど)


 息をひそめて気配を殺し、逢引中の二人が通り過ぎることを願った。しかしどうも会話の雲行きが怪しくなってくる。



「さあ、こちらに、私について来い」


「まあ、アレクシオ殿下ったら。こんな人気のない場所まで私を連れだして、何をするおつもりかしら……?」



 生垣の向こうから聞こえてくる会話にため息を押し殺しつつ、音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。男の楽しそうな声に女も艶っぽく甘えるような声で応えている。二人はこのまま熱烈な愛を交わしそうな勢いだし、さすがに他人の情事を見たり聞いたりする趣味はない。こっそりこの場を離れるつもりだった。

 足をかばいつつ、音を立てないよう慎重に移動する。しかしどう考えても素早く走り去ることはできないため、相手の死角を探した方がよさそうだ。



「ははは、火遊びが好きでな。もっと人の目がない場所へいこう」

【勘弁してくれ。こういうのは好きじゃないんだ。会場に戻ってくれ頼むから】



 逢引中の二人がこちらを見ていないか、見つからずに移動できるか確認するために生垣からちらりと様子を窺ったところ、目に飛び込んできた本音に驚いて固まった。

 男性の方は誘い出す台詞を口にしながら、本心では女性をパーティー会場に戻したいと考えているようなのだ。

 女性の方は社交に疎い私では分からないが、男性はこのシルトリア王国の末王子、アレクシオ。軽薄で遊び人と悪名高い人物である。……これは一体、どういうことなのだろう。





今日はここまで。

本音が見える令嬢と、嘘しかつけない呪われ王子の話。

ふわっと見守っていただければ幸いです…!

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