17話
アレクシオと何曲か踊り続けたがさすがにのどが渇いたため、休憩に入った。中心部から離れ、ドリンクを受け取って二人で息を整えていたところに人影が近づいてくる。ふと顔をあげるとそれはエリオットだった。
「リリアン、話があるんだが……」
「よそよそしい態度だな、元婚約者なのだからもっと気軽に話しかければいいだろう」
【他人の婚約者に馴れ馴れしい、もう婚約者ではないのだから適切な距離を取れ】
笑顔のアレクシオを前にエリオットが戸惑っていた。呪いの話は聞いているだろうし、言葉通りでないなら何が言いたいのかと考えているのかもしれない。
「……エリオット卿。もう婚約者ではありません、その呼び方は相応しくないかと」
「あ、ああ。それもそうか……リリアン嬢。アレクシオ殿下、失礼いたしました」
「……それで、お話とは?」
「いや、それは……二人で話せないかな。いや話せないでしょうか」
「構わないぞ」
【許可できない】
「……では、殿下も共にならいかがでしょう。できれば静かな場所へ移動して」
さすがにこれはエリオットにも分かりやすかったのかアレクシオの意図を察し、提案しなおしてきた。それならばとアレクシオが頷いて許可を出したため、三人で大広間を抜け出す。
向かった先は庭園だ。……人気がなく静かな場所となればやはりここになるらしい。
「先ほど、お二方の踊る姿を拝見いたしました。……リリアン嬢が……彼女が笑う姿を、私は初めて目にしました」
庭園にある噴水の前を通りかかった時、そう呟いてエリオットが足を止めた。笑った顔を見たことがないのは当然だ、私は笑えない病にかかっていた。
今でもあまり表情は動かない。よほど楽しいと思った時以外は笑えないままで、私を笑わせるのはアレクシオ以外だと弟くらいだ。……私の笑顔が見たいらしい弟が色々としかけてくるおかげで、笑う回数は増えつつある。
「実は……笑顔を見せない貴女に不満があった。きっと、貴女もそんな私の思いに気づいていたから、婚約解消を申し出たのではないでしょうか」
「……ええ」
「……申し訳ありません、リリアン嬢。先ほど貴女の笑顔を見て思ったのです。私はただ自分が貴女を笑わせられないだけだったのに、すべて笑わぬ貴女のせいにして、婚約者でない女性を愛することを正当化してしまっていたと」
ここまで文字が浮かんでいないため、すべて正直な本音だということに驚いた。これまで彼はずっと本音を隠して私に接してきていたから、その姿が新鮮でならない。
ばつの悪そうな顔をしたエリオットの顔をまじまじと見つめる。常に笑顔の仮面を貼り付け、偽りの愛を囁いていた彼は、婚約者に誠実でいたかっただけで何も悪くない。それなのに何故、罪悪感にでも苛まれているような顔をするのだろう。
「そしてこうも思いました。……もしや私が……リリアン嬢の笑顔を奪ってきたのかと……」
「エリオット卿、それは……」
「六年も婚約者として過ごしたのですから、貴女が人の感情に敏いことは知っています。それでも自分は完璧に隠し通せていると思いこんでいた。……本当はずっと私の気持ちを知っていて、だからこそ笑えなかったのではと」
まさかそこまで気づいているとは意外だ。否定できずにいる私に、自嘲気味な笑みを浮かべてエリオットはもう一度「申し訳ありません」と謝った。
「いえ、エリオット卿。……貴方が誠実でいようとしてくださっているのは、私も知っておりました。だから……貴方は何も悪くございません。ただ、私たちの間に縁がなかっただけなのでしょう」
魔法属性の相性だけで婚約者になった。しかしそれ以上に、人としての相性が悪かった。それだけの話なのだ。どちらの性格が悪いとか、どちらに罪や責があるとか、そのような問題ではなく、ただ家族となれる縁ではなかっただけ。
「私はエリオット卿とオリヴィエ嬢の幸福を心から祈っております。……私に誠実でいてくださった貴方に幸せになってほしいと、そう願ったからこそ婚約の解消を申し出ました。決して……貴方を恨んでいたり、嫌っていたわけではございません」
「…………ああ……今なら、君の言っていることが本音だと分かるよ。……あ、いえ、分かります」
六年間の癖というのはそうそう抜けるものでもなく、言葉が崩れかけた彼は慌てて口調を正した。隣でアレクシオが機嫌よさそうな笑顔になったせいかもしれない。……それはつまり、気分を害したという表情だからだ。
「私からも……アレクシオ殿下と、リリアン嬢の未来に幸あらんことを祈らせていただきます」
「……ありがとうございます、エリオット卿」
もしかすると私たちは今日初めて本心で話し合ったのかもしれない。始まりを間違えて、そのまま誤った道を進み続けてしまっていた。けれど今ようやく正しい場所に戻り、始まりをやり直せたような感覚。そして――それが正しい終わりである、という気もする。
「先日も……とても、失礼なことを」
「いえ、気にしておりません。……それよりも、あまり長く席を外すとオリヴィエ嬢が不安になられるのではないでしょうか?」
「ああ、そうですね。……では、アレクシオ殿下、リリアン嬢。私はこれにて失礼を」
「ええ。ごきげんよう」
速足で去っていくエリオットを見送って、アレクシオと私はその場に残された。私たちも戻るべきかと隣の彼を見上げると、やけにいい笑顔を浮かべている。
「……どうなさいました?」
「どうもしない。興味のない会話が終わって機嫌がいいだけだ」
【長年の婚約者としてお前を分かっているという風なあの男の態度に対する醜い嫉妬なので気にしなくていい】
「……嫉妬、ですか。その必要はございませんよ、アレクシオさま」
エリオットとの婚約は六年。しかし常に建前で話していたのだから、本音で語り合えたのは先ほどの会話が最初で最後である。
「これから先の人生を共に過ごし、お互いを理解し合えるのはアレクシオさまだけですもの。この先の何十年という時間に比べれば、六年なんて短いものですわ」
この先の未来はアレクシオと共にある。そしてそれが、私の人生でもっとも長く深い時間になるだろう。私は彼と理解し合い、支え合って生きたいと願っているからこそ、エリオットとの関係が綺麗に終わってすっきりした。
「……お前は余計なことしか言わない……」
【お前は本当に私の心を揺さぶるのが上手いな……】
そう言って耳の後ろを掻きながらそっぽを向く、そんな姿に私は小さく笑ったのであった。
エリオットとは和解しましたね。リリアンはすっきりしています。
いつもたくさんの応援ありがとうございます、嬉しいです…!
呪われてたら罵倒が出そうです!