16話
季節は夏を目前にしていた。夏場は社交パーティーを控えるものであるため、夏を迎える宴を最後に秋まではこういう大きなパーティーが開かれることはほとんどなくなる。あったとしても茶会など身内同士の小規模な交流会くらいだ。
社交を締めくくる最後の宴として、王城の大広間にて大規模に開催されるそこに私とアレクシオはパートナーとして参加し、婚約のお披露目をすることになっていた。
「……お前はいつ見ても不愛想で可愛くないな」
【今日も本当に綺麗だな……】
車で迎えにきたアレクシオはそんなことを言う。これまではエリオットが迎えに来てこれと全く真逆の台詞と本音が見えていたため、不思議な感覚だ。……もちろん、悪い意味ではない。胸の中が温かいくらいだ。
「アレクシオさまも素敵ですよ。……よくお似合いです。口を出したかいがありました」
二人で対になるように衣装を仕立てたのだ。その仕上がりも満足のいくものだった。濃淡の違いはあれど装飾品に類似性があるため揃いで仕立てたこともすぐに分かるだろう。並んでいればよく馴染んで見えるはずだ。
私たちの婚約とアレクシオの呪いが公表されてから初のパーティーである。視線を集めて当然だろうし、緊張がないわけではないが、それでも今までに比べれば心は重くない。社交場に向かう自分がこんなに前向きになれるとは思わなかった。
無事王城へ到着し、アレクシオのエスコートで会場へと入る。入室の際は誰がやってきたか扉係が声を上げるため、私たちの名に反応した人間の視線が一斉に集まった。
好奇の目、探るような視線、侮りを込めた嫌な眼差し。いつも通りではあるが、いつもよりもずっと強い。アレクシオの腕に添えた手に、わずかに力がこもる。
「こんなことでうろたえるな、みっともない」
【私がついている、心配するな】
アレクシオの表情は呆れたようなものだが、実際には安心させようと笑いかけたかったのではないだろうか。だが、そんな彼を見ていると私は落ち着くので自然と力が抜けた。
「そうですね。……アレクシオさまがいてくださいますからね」
不機嫌そうにそっぽを向いたのはおそらく照れたからだろう。注目を浴びている今、耳の後ろを掻く少し子供っぽい動作はできないようだ。
そのまま広間の中へと進んでいくと、あらゆる人間が声をかけてきた。それは主にアレクシオの取り巻きや私を内心で蔑む者たちで、それ以外はこの婚約やアレクシオの呪いについても色々と考えているのか、遠巻きに観察している様子だ。
「アレクシオ殿下、まさか呪いをお持ちでしたとは……いやはや、それは大変でしょう。私はその、殿下のために尽くしたい一心でして……」
【冗談だよな。冗談だと言ってくれよ。そうじゃなきゃ悪事が全部バレてることになってしまう……!】
「殿下、今後もお支えいたしますよ。殿下が本心ではないことを、薄々そうではないかとは思っていたのですがなかなか切り出せず……申し訳ございません」
【呪いだったということにして評判を覆す、王家の策だろうな。これからはさすがに度が過ぎた遊びはできないということか、旨味が減る】
アレクシオの周囲にいた人間はおおよそこの二種類の反応に分かれており、あとでどのようなことを考えていたかは私からしかと伝えるつもりだ。
今はもう、アレクシオの手紙を邪魔する者はないようで、王妃や王とも手紙や文書でやり取りできるという。最近は自分の周囲にいた人間がどのようなことをしていたか報告書をまとめているらしいので、私もその役に立つだろう。
「それにしてもご婚約おめでとうございます。美しいグレイシー令嬢がお相手とは羨ましい限りで……」
【美しくても表情のない氷人形なんて御免だな】
「アレクシオ殿下、リリアン嬢、ご婚約をお祝いいたしますわ。とてもお似合いのお二人ですもの、お幸せになって。……王妃陛下もお二人を祝福しているようですし、これ以上にない後ろ盾ですわね、羨ましいわ」
【氷人形が暴虐王子と婚約なんて笑える話ね。呪いだなんて言われているけど、体面を気にした王家の作り話でしょう? 王妃陛下の髪飾りまで自慢げにつけて……王家の仕切りなら下手なことは言えないわ】
婚約についても大体はこのような反応だ。本心から祝っている者などいないのは想像通りだったが、しかしやはり醜い本音を見るのは疲れるもので、ダンスの音楽が流れ始めた時にはほっとしてしまった。……これでようやく酷い会話から逃れることができるというものだ。
「婚約者だから仕方なく誘うだけだ。……断ってもいいぞ」
【お前と踊りたいんだが、一曲だけでも付き合ってくれないか】
「ええ……是非。むしろ踊り疲れるまでいかがです? そうすれば誰も話しかけられませんわ」
「最悪だな」
【名案だな】
ダンス用の音楽に切り替わった途端、私の手を取り指先に軽く口づけたアレクシオの誘いを断る理由などなかった。エリオットとは義務的に一曲踊るだけだったが、ダンス自体は嫌いではない。踊る相手がいなかったので機会がなかったけれど、今日は楽しく踊れそうだ。
音楽に合わせ、アレクシオと共に緩やかなステップを踏む。彼は踊り慣れていない様子で少しぎこちないので私の方が合わせて動いた。
「私は上手いだろう?」
【合わせてもらってすまない】
「いえ。私は楽しいです。……やはり、心許せる御方と踊るのは良いものですね」
その時、アレクシオが派手にステップを間違えた。私の足を踏まないように動いてバランスが崩れ、私の上体も倒れ掛かる。腰を引いて支えられた際にぐっと顔が近づいて鼻先が触れそうになった。その後すぐに元の体勢へと引き戻されたが、周囲には随分情熱的なダンスに見えたのではないだろうか。
「おい、気をつけろ」
【本当にすまない……!】
「いえ、お気になさらず。……でも急にどうかされました?」
「どうもしない、ただお前相手にやる気が出ないだけだ」
【お前が可愛いことを言うから足元が狂ったんだ……私にはまず、お前に慣れる練習が必要だと思う】
見える彼の本心が、あまりにも予想外だ。体の内側からくすぐられているような感覚のせいで、私はつい我慢できずにふっと声を漏らしながら笑ってしまった。
それまで音楽以外にも人々のざわめき声が聞こえていたというのに、途端にそれがぴたりとやんだような気がする。しかしそんなことを気にするよりも、私は目の前の人とのダンスを楽しむことにした。
「あの氷人形が笑っただと…!?」っていう沈黙ですね、だってみんな見たことないもの
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