12話
王妃とのお茶会の当日。何が起こってもいいという心づもりで気合いを入れて支度をする。逃さないためなのか、城から王家の紋章入りの車が迎えに来ており、父ですら少し笑顔を引きつらせていた。
アレクシオとは城で落ち合う予定だ。一人で車に乗り込み、城へと向かう。
さすが王族所有の車は乗り心地も速度も違う。あっという間に送り届けられた。扉が開いたので降りようとすると、横からすっと手が伸びてくる。
「ありがとうございます、アレクシオさま」
どうやら降り場で待っていてくれたらしいアレクシオの手を借りて降り立った。今日の彼は我が家で仕立ての注文をした装いで、やはりこちらの方が似合っているし麗しい。
無言で頷いて答えるアレクシオはおそらくその傍に控えている者の目を、いや耳を気にしているのだろう。
「ようこそおいでくださいました、グレイシー侯爵令嬢。王妃陛下の愛するバラの温室にてお席を準備させていただいておりますので、どうぞこちらへ」
迎えに寄こされた王妃付きの侍女だろう。アレクシオを見る目が非常に冷たい。そんな彼女の視線のせいか、アレクシオは機嫌のよさそうな笑顔になっている。……どうやら居心地が悪いらしい。
そのままアレクシオにエスコートされながら、侍女に案内されるまま進む。やがて辿り着いたのは庭園の中にある温室だった。
「アレクシオ殿下はお通しできませぬ故、どうぞお帰りください」
「ならば仕方ない」
【しかしリリアンを置いて行くわけには……】
「……今日は物分かりがよろしいようで」
なるほど、いつもは素直に帰る返事をしても渋る答えになるのだろう。かといって黙って頷けば「返事もせず不満そうに」と思われるに違いない。言葉を返さず、仕草で答えるのはかなりの非礼になる。この礼儀作法もアレクシオの足枷になってきたはずだ。
「私なら問題ありません。何かありましたらお呼びします」
「では先に帰っている」
【近くで控えているからな】
合図を送るための魔道具は互いに身に着けているので、何かあればいつでもアレクシオを呼べる。できればそれは、王妃の誤解が解けた時であってほしいものだ。
侍女に連れられて温室内へと入る。色とりどりの花が咲き誇る美しい空間に白いテーブルと席が二つ用意されていた。その中で淡い色のドレスを着た女性が花を剪定している後ろ姿が目に入る。
「王妃陛下、グレイシー侯爵令嬢をご案内いたしました」
「そう。ではお茶会をはじめましょうか」
「はい」
まさか王妃自ら剪定をしているとは思わず驚いた。私は内心面食らいつつも深く腰を落として一礼する。……王妃と二人きりの私的な茶会だ。覚悟は決めていても緊張はする。
「お招きいただきありがとうございます、王妃陛下。グレイシー侯爵家より参りました、リリアン=グレイシーと申します」
「ええ。ではどうぞ、おかけになって」
「はい」
私と王妃が対面で席に着くと侍女は手際よくカップに茶を注ぎ、テーブルに軽食を提供して静かに下がり、姿を消した。まさか二人きりにされるとは思わず、これにも驚く。
侍女にも聞かせられないような罵倒でも飛び出すのだろうか。そう身構える私に、王妃は赤い唇で微笑みかけた。
「愚かな息子に迷惑をかけられているのでしょう? 安心なさい、意に添わぬ婚約などせずとも構わないわ」
「……え?」
「貴重な氷魔法の遣い手だもの、いくらでも良い相手はいるでしょう。わたくしが見繕い、縁を結んでさしあげる。そうすればあれは何も言えないわ」
――予想外の言葉に驚いた。本音が見えないということは、これは嘘ではない。
どうやら王妃は私を心配してこの茶会を開いてくれたらしい。アレクシオの評判が悪いとはいえ、彼は王族だ。婚約者もいないのに侯爵家ではその縁談を断れるはずもなく、泣く泣く婚約を承諾したものだと思われているようだった。
「王妃陛下。……私は、アレクシオ殿下との婚姻を望んでおります」
王妃は顔色を変えず優雅にカップを傾けている。……私の言葉の意味を考えているのかもしれない。
「ここにはわたくし以外いない。本心を話しても咎める者などいないのよ」
「本心からそう願っております。恐れながら、王妃陛下はアレクシオ殿下を誤解なさっておいでです」
「……あれに何を言われたのかしら」
アレクシオによく似た黒い瞳が弓を引くように細められ、私を射抜いた。先ほどまでは感じなかった威圧感に軽く息を飲む。
これまでは意図して柔らかい空気を纏っていたのだろう。私が本音を吐露しやすいように。しかしそれでは話せないと踏んで、今度は圧をかけて口を割らせようとしている。
「っ……殿下は、呪いを受けておいでです」
「まあ、そのような嘘を信じたの? 貴女は随分優しいようね」
【なんと愚かなのでしょう】
「いいえ。……王妃陛下。実は、私には氷魔法以外にもう一つ魔法がございます。人が嘘を吐いた時、その本心が文字として見えるというものです」
すっと威圧感が消えて呼吸が楽になった。静かにカップを降ろした王妃は真意を測るようにじっと私を見つめている。
「お疑いならお試しください。……嘘を口にしていない限りは、その心の考えを見ることはございませんので、知られたくない場合は口を閉ざしていただければ伝わることもありません」
「まあ、面白い冗談を言うのね」
【本当にそのような魔法があるなら笑い話では済まないわ】
「ええ、笑い話ではすまないでしょう。ですから我が家は、私が愛し子であることを秘匿いたしました」
おかしそうに笑って見せた王妃の本音に答えると、彼女の顔から笑みが消えた。……考えてみれば、この力は機密を暴くことにも使える。口にしなければ伝わらないということを伏せ、機密を持つ者と会話をさせるだけで情報を入手できるのだ。
(私を利用したいはず。……手ごまとして貴重でしょう。処分されることはない……と思いたいわ)
王妃の反応をじりじりと待って数分、いや数秒だったのだろうか。長い時間に感じたが、彼女はふっとため息を吐いた。
「……あの子の呪いとは?」
「……言葉の呪いです、王妃陛下。アレクシオ殿下は、自分の思いとは違う言葉しか言えない呪いのせいで、酷く悩んでおいでです。表情まで言葉に引きずられるため、感情すら伝えられずに今のような状況になってしまったと」
彼女の黒い瞳がわずかに揺れる。……きっと多くの考えが頭をめぐっていることだろう。アレクシオの話では、王妃とはもう数年まともに顔を合わせたことすらないという。
それでは決してこの誤解は解けない。今日が、ようやく巡ってきた機会なのだ。
「どうかアレクシオ殿下の同席をお許しください、王妃陛下」
「……よろしいでしょう」
「ありがたく存じます」
週間総合で五位になり、表紙入りしてました…!
たくさん応援いただけるおかげです、ありがとうございます。




