11話
私とエリオットの婚約が解消されてしばらく、新たにオリヴィエとエリオットの婚約が発表された。すると我が家へも婚約の申し入れがいくつも届くようになる。
しかし婚約の決まっていない同世代は少ない。位の低い家か、もしくはまだ魔法が発現したばかりの十二歳前後の子息のいる家だ。
「王家の承認が得られるまでアレクシオ殿下との縁談が進んでいることは公にできないから、これらの返事は保留だね」
「はい」
父の執務室に呼ばれた私は、自分宛の縁談が複数来ていることを知らされた。他の家は我が家の状況を知らないので当然だ。氷属性で婚約者がいないとなれば、属性の相性が悪くない家はこぞって縁を求めてくるものである。
私たちの婚約もまだ正式なものではない。アレクシオとグレイシー家の合意があれば口約束で済む話ではなく、貴族家の結婚には王家の承認が必要であり、それは王族のアレクシオでも同じである。グレイシー家から婚約合意の書類を提出したため、あとは王家からの承認待ちの段階だった。
「それで、リリアン。……君宛に一通、特別な招待が届いているんだが……」
父から神妙な顔で差し出された手紙を受け取った。婚約の申し入れであればグレイシー侯爵であるベルトラン宛になるはずだが、その手紙の宛名は私となっている。しかも先日見たばかりの紋章で封をされていた。……つまり、王家からだ。
女性らしいデザインであるため、アレクシオからの連絡ではない。少しばかり緊張しながら封を開ける。
「……王妃陛下から、個人的なお茶会への招待状ですわ」
「そうか。……アレクシオ殿下に連絡を取ろう」
「ええ。一度ご相談したいです」
王家からの誘いを断れるはずはないので、一週間後の茶会に参加するのは確定だ。私と王妃にはこれまで交流などなかったし、用件は十中八九アレクシオとの婚約についてだろう。
アレクシオとその家族――王族たちの関係は悪い。母親である王妃も、アレクシオを誤解したままのはずである。これを機にアレクシオの呪いについて王妃に伝え、誤解を解けないだろうか。
我が家とアレクシオの間の手紙を開封されていた件もあり、現在彼と連絡を取る際は専用の魔道具を使っている。対になった魔法道具でのみやり取りができるため、お互いの家になくてはならないものだ。婚約の話がまとまった日に彼がその片割れを置いていったので、それ以降のやり取りは横槍が入ることもなくスムーズに行えている。
「殿下は明日、こちらに来られるそうだ。パーティー用の衣装はまだだけれど殿下の注文した品はいくつか届いているから、そちらもお渡ししておこう」
「きっとお喜びになりますわ」
いままでのアレクシオはとてもじゃないが品がいいとは言えない服装だった。初めて自分の好みに合わせてオーダーできた服の仕上がりを楽しみにしていたので、きっと喜んでくれるだろう。
そして翌日、アレクシオは予定通りグレイシー家を訪れた。談話室へ案内し、まずは王妃からの招待について話し合う。
「王妃は私を溺愛しているからな、妻になるお前も可愛がるつもりだろう」
【私を嫌っているはずだ、お前にも迷惑をかけてしまうかもしれない】
「では覚悟して参りましょう。しかし王妃陛下の誤解を解く、良い機会かと。アレクシオさまにも同席願いたいのですけれど……」
「お断りだ。茶会くらい一人でどうにかしてくれ」
【おそらく同席の許可は下りないが、近くで控えていよう】
何を言われてもいいように腹を決めておけばそう怖いものでもない。母子の誤解を解く、という使命があれば覚悟も決まるというものだ。
いくつか茶会の日の段取りを決めたあと、ベルを鳴らして使用人を呼ぶ。話し合いの後に届いた衣服を持ってくるようにあらかじめ伝えておいたのだ。
「アレクシオさまの仕立てがいくつか出来上がっておりますので、どうぞお持ち帰りください。もしよろしければ、別室で着心地を確認していただいても構いませんわ」
「いらん!」
【感謝する……!】
喜びで少々興奮すると怒気を強く含んだような声になってしまうらしい。ちょうど服を届けに来た使用人がその声に驚いて肩を跳ねさせ、アレクシオは申し訳なくなったらしく笑みを浮かべていた。……だんだん彼の表情の意味が分かるようになってきた気がする。
「アレクシオさまを別室にご案内して、お着替えを手伝いなさい。頷くか、首を振るだけで答えられる質問以外はしないように」
「は、はい」
「ではアレクシオさま。こちらの者がお手伝いいたしますので、どうぞごゆっくり」
無言で頷いたアレクシオと使用人が部屋を出て行き、着替えが終わるまでの間、私は休憩のお茶の用意をさせてゆっくりと待った。彼は甘い菓子やミルクティーが好きなので、そちらの用意もしっかりとしている。
城では甘いものは用意されず苦いコーヒーを飲んでいるらしい。苦くて少しずつしか飲めないが、それは満足そうな顔でゆっくり味わっている、と見えるようなのだ。……味の好みまで逆さに伝わるのは本当に可哀想だと思う。
三十分ほどの時を要してアレクシオが戻ってきた。普段の派手さや華美さで目を引く装いとは違い、全体的に落ち着いた色合いと、控えめだが差し色やカフスなどの装飾があることで地味な印象もなく、品がよく引き締まって見える。
「まあ……素敵です」
思わず漏れた本音だった。元からアレクシオの顔立ちは整っているが、派手な服に目を奪われてそれが目立たなかったのだろう。私が漏らした感想に、アレクシオは耳の後ろをかいて視線を外した。
聞き取りにくい小さな声で何かを言ったようだが、聞き取れない。その代わりに本音が浮かんで見える。
【お前の言葉はくすぐったいな……ありがとう】
そんな文字に、私の胸の中も少しだけくすぐられたような心地になった。
喜びの怒声。知らないとびっくりしますね。
ブックマークが五千人を突破してワァ…!ってなっています。
たくさんの読者さんが応援してくださってありがたい限りです。




