9話
アレクシオを招いた食事の中で、婚約のお披露目についての話になった。
王家の承認が得られ婚約が成立したあとの社交パーティーでパートナーとして参加し、婚約したことを分かりやすく伝えるのが自然な流れだ。婚約した二人の関係が良好であることを示すため、衣装や装飾品を合わせたデザインにするのが一般的なのだが――。
「パーティーでの二人の衣装を合わせたいわね。……けれどアレクシオ殿下の装いは、リリアンの趣味とは合わないかもしれませんわ」
この食事会では率直な意見を言い合うと決めたのだけれど、母のあまりにも素直すぎる発言に、食事の手が止まった。
たしかにアレクシオの服装は少々派手というか、軟派というか、型にはまらないものであり、有体に言えば「遊んでいそう」なのである。
「何故私が人に合わせなければならない? 私ほどセンスのいい人間もいないだろう、そちらが合わせてくれ」
【私とてこの派手な服が好きなわけではないんだが、上手くオーダーできずにこうなっている。できるならリリアン嬢に合わせたい】
「……と、いうことは好みではない服を着ていらっしゃるの……? なんておいたわしい……」
呪いによる逆さ言葉に慣れ始めた母は、私の補足がなくともアレクシオ語が分かるようになったようで、すぐに彼の言いたいことを理解できていた。その上、服飾にこだわりがある彼女は好きな服すらまとも作れない彼に心底同情している。
「たしかに服のオーダーは口答ですから、アレクシオ殿下には難しそうですね。平民は王子の言葉には逆らえないですし」
服を作る時、仕立て屋を呼んで自分のイメージを伝える。平民は文字を知らぬことも多いので、口頭質問形式でオーダーするのが慣例となっている。仕立て屋が持ってきた服や布を見てどちらが良いかを選んだり、どういう部分を変更したいかなど質問に対し口答したり、ヒアリングを重ねて自分好みの服を作らせるのだ。
しかしアレクシオがそれをするとどうなるか。……現在の姿が答えなのである。
「あ、そうだ。姉上、殿下に僕のフリをしてもらいましょう」
「……マレウスのフリを?」
「はい。姉弟として、パーティーの衣装を揃えるという体で仕立て屋を呼び、アレクシオ殿下の要望は姉上が伝えればいいのです。姉に逆らえる弟などいませんし、姉上の要望の方が通りますから!」
たしかに年功序列の考えがあるため、姉弟の意見が分かれれば姉の方が優先されるだろう。しかしさすがに、王子であるアレクシオを弟扱いするのは気が引ける。本人はどう思っているのかと様子を窺ってみれば嫌そうな面持ちで頷いていた。
「最悪の提案だな。私の好みを否定する気か」
【それはよさそうだ、ようやくこの服装から解放される】
「つまり……ああ、お褒めに与り光栄です。姉上の隣に並ぶのですから、やはり服装も大事でしょう」
どこまでも基準が姉寄りのマレウスは、私の隣に今の服装のアレクシオが並ぶのが嫌らしくとても協力的だった。
こうして数日後、仕立て屋を我が家へ呼び、アレクシオは「マレウス」として服を作ることになったのだが、その日彼は心底不機嫌そうにしていた。それはつまり、彼がとても喜んでいるという証で、やはり好みの服ではないものばかり着ているのは苦痛なのかもしれない。
「殿下、今回は普段着もお作りいたしましょう。私がサポートいたしますので」
「いらんな。服なら捨てるほどある」
【助かる。できるだけ大人しい装いを選んでも限界があってな……】
「……苦労なさっていますね」
これで性格が曲がっていないのが不思議なくらいだ。……もし、言葉や表情が曲がっても性格だけは真っすぐでいることも呪いのうちだったら、酷い話である。
仕立て屋には私とアレクシオの礼装の他、彼の普段着として使える服を数着注文することになった。顔なじみの者はマレウスの顔を知っているため、まだ一度も注文をしたことのない仕立て屋を呼んだ。最近仕事を始めたばかりだが、腕がいいという噂を聞く。試す機会にもなるので丁度良い。
アレクシオとマレウスは体格差があるが、馴染みでなければ採寸から始めるし、弟が入れ替わっていると気づかれにくい。採寸後はデザインについてのヒアリングが始まるのだけれど、これがアレクシオにとっての難関だ。
まずは私のドレスの注文を済ませ、その次がアレクシオだ。
仕立て屋と彼の会話を聞いてれば、普段からその要望が何一つとして通らないことがよく分かる。
「それではご令息、この二種類でしたらどちらのデザインがお好みでしょうか」
「左だな」
【右だ】
「……左は派手過ぎるわ。右にしなさい。私と合わせるのだから」
「かしこまりました。ご令息の好みももちろん素晴らしいですが、姉弟で合わせるとなるとこちらでございますね。それでは色合いはどうなさいますか?」
「合わせるドレスの色が淡いんだから華やかで目に付く色合いにしろ」
【生地は暗めの色がいいだろうな、その方が対比でどちらも映えそうだ】
「暗い色にしなさい。私の衣装に合わせて引き締まる暗めの生地で作って。華やかさは、装飾や差し色で出せばいいわ」
こうして姉として私が口を出すことでアレクシオの好みに合わせたオーダーをこなすことができた。そのまま普段着として使える服もいくつか注文し、仕立て屋が帰ったあとのアレクシオを見てみると大変不機嫌そうな顔でいながら、鼻歌を歌っていた。……機嫌の悪そうな鼻歌が非常にちぐはぐに見え、しかし喜んでいるのは間違いないと確信できた。
弟扱いするために敬語も使わず多少は不愉快に思っているのではないかと思っていたけれど杞憂だったらしい。
(……よかった)
私が初めて彼に出会った庭園で見た時、その目はとても暗く淀んで見えた。それが人によっては性格の歪みを表しているように見えるのか、アレクシオは目つきが悪いともよく言われていたが、そんなことはない。
私の力がちゃんと彼の役に立っているようだ。その実感を得て、私自身もなんだか嬉しかった。
機嫌が悪そうな鼻歌、難しそう。フン!
日間異世界恋愛の「すべて」で四位に入って、表紙入りしていました…!
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