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 最近、恐ろしい悪夢ばかり見る。神様に祈ったら、寝室の場所が良くないのでこの国の王太子の近くへ部屋を移すと良い、と啓示があった。悪夢に対して無力なわたしをどうか憐れみ、この宮殿に部屋を与えてほしい。


 ……と、わたしはもっともらしい口調でお兄様に懇願した。

 すぐにわたしの部屋は元いた宮殿から、王太子の宮殿内の、お兄様の部屋の向かいへ移された。


 神様を口実にしたのは申し訳ないけれど、こちらも命がかかっている上に、敵の悪行を訴える言葉まで封じられているのだ。今夜は寝る前に懺悔のお祈りを二十回唱えよう。


「ジョゼ、この部屋で構わないか?」

「はい。ありがとうございます、お兄様!」


 わたしは心からの感謝をこめて言った。

 さすがは目下の者に対して寛大なお兄様だ。人並外れた美貌を持つだけでなく、彼は心も温かいのだと、わたしはよく知っている。

 それにつけこむのは心苦しいけれど、さらにもう一つ、お願いを重ねる。


「あの、お兄様。すみませんが、啓示はもう一つあったのです」

「どんな?」

「はい、実は……『悪夢を防ぐために、腕の立つ近衛騎士に守ってもらいなさい』と言われました」

「……近衛騎士……」


 お兄様は怪訝な顔をした。

 やはり無理なお願いだったかしら?

 緊張して返事を待っていると、お兄様は険しい顔のまま、離れた場所に直立不動しているリシャールを呼んだ。


「……リシャール、お前は今日からしばらくジョゼの警護に当たってくれ」

「承知しました」

「ありがとうございます、お兄様! リシャール、よろしくお願いします!」


 会心の笑みが浮かんだ。

 よかった。これでしばらく時間を稼げる。


 まずはオリアンヌとその父親の辺境伯から、わたしの身を守る。

 王太子のそばにいれば、いくら魔法使いでも手が出せないだろう。

 お兄様がいない間は、迷惑だろうけれど、リシャールに守ってもらう。近衛騎士になれるのは王国の腕利きの騎士の中でも指折りの、最強レベルの騎士だけだ。そのリシャールがそばにいてくれれば安心だし、近衛騎士は他にもいるから、お兄様の警護が手薄になることはないはず。


 その間にオリアンヌと魔塔の関りを調べ、言い逃れのできない証拠をつかんで、お兄様と国王陛下に差しだすのだ。

 そうすればお兄様を、この国を、邪悪な魔法使いの手から守ることができる。

 絶対に、ニセ聖女なんかの思い通りにはさせない。


 お兄様は硬い表情でこちらを見ていたが、自分の計画で頭がいっぱいだったわたしは、そのことに気づかなかった。



 ✻✻✻



 予想はしていたけれど、オリアンヌは手強い相手だった。


 まずわたしは、宮殿の使用人たちに聞き込みをしてみた。

 オリアンヌ・ド・リールについてどう思う? と。

 けれど返ってきた答えはどれも、彼女を褒めそやす言葉だけ。


 二百年に一度の聖女。清楚で奥ゆかしい美人。貴賤の差なく病人を癒す慈母。彼女こそ王太子妃にふさわしい――


 どこにでもついてきてくれる忠義な近衛騎士リシャールの前で、わたしはギリ、と奥歯を噛んだ。

 彼女が美しいのは知っている。

 でも、彼女が人を癒やしているのは神聖力によってではない。禁じられた闇の魔法の力を使っているはずだ。


 リシャールにも同じ質問をしてみたけれど、「わかりません」というそっけない答えが返ってきただけだった。




 わたしは作戦を変え、オリアンヌが聖女として病人を癒やしている現場で証拠をつかむことにした。

 魔法には「呪文」と「代償」が必要だと言われている。

 もしも彼女がひそかに魔法を使っているなら、わたしに魔法を使ったときのように呪文を唱えるだろうし、どこかで魔法行為の代償を贖っているはずだ。


 彼女の近くへ行くには勇気が必要だったけれど、わたしの隣には王国屈指の近衛騎士がいる。

 オリアンヌの滞在する宮殿の侍女長から教えてもらった場所へ、わたしはリシャールとともに向かった。


「神の御心がなされますように」


 王宮内の大聖堂で、オリアンヌは癒しの儀式を行っていた。

 後方の椅子にはお兄様が座り、儀式を眺めている。

 わたしは建物の外から背伸びをして、窓の中の様子をのぞいていた。

 当然のような顔をしてオリアンヌがお兄様と一緒にいるところを見ると、胸の中に、暗い嵐が吹き荒れる。


 広い礼拝堂の中には、溢れんばかりに人々が詰めかけていた。貴族が多いけれど、王宮の使用人もいるし、一般市民も多い。

 この大聖堂からは、ほとんど神聖力が感じられない。大聖堂はあの木立の中の古い聖堂とは違うと、以前お兄様も言っていた。古い聖堂が建てられたときは人々の信仰の力が強かったけれど、この大聖堂は出世をもくろむ貴族が領民から搾り取った金を寄進して建てたものだから、と。

 魔法を使うオリアンヌが聖女としてこの大聖堂の中にいられるのも、この場所には神聖力がほとんどないからなのかもしれない。それでも、彼女の顔は少し青ざめているように見えるけれど。


「ジョゼット様、用件はお済みですか」

「リシャール……ごめんなさい、もう少しだけ待って」


 少しだけ急かすようにリシャールが問う。

 窓からこっそりと中をのぞくなんて、およそ貴族令嬢らしからぬ行為だ。

 わたしがリシャールを連れて怪しい行動を取っていたらお兄様の評判にも傷が付くから、お兄様の近衛騎士としては、こんなことはさせたくないのだろう。

 申し訳ないが、お兄様のためにも早く証拠をつかまなくてはいけない。

 目をこらし、窓ごしにオリアンヌの行動を見張る。


 でも、怪しいところは何もない。

 列をなす信者を前に、彼女が口にしている言葉は「神の御心がなされますように」だけだ。呪文のようなものを唱えている様子はまったく見られない。

 そして「神の御心がなされますように」という一言だけで、本当に、信者の傷も病気も治ってしまうようだった。


 もしかして、オリアンヌは本当に聖女なの?

 不安になってきたときに、礼拝堂の向こう側の窓に、何かの影が見えた気がした。


「リシャール、反対側へ回り込みましょう!」

「……では、私が先に」


 彼も怪しい影を見たのだろう。さっと周囲の安全を確認し、わたしを置いて先に行っても大丈夫と判断すると、長い足でたちまち大聖堂の向こう側へ走って行った。

 さすが精鋭の近衛騎士だ。足が速いだけでなく、リシャールは金髪と灰色の瞳の塩顔美形で、ひそかに宮廷女性からの人気も高い。クールな性格も高ポイントだ。

 一生懸命リシャールを追いかけながらも、わたしはそんなことを考えていた。


 だが、リシャールに追いついた途端、浮ついた考えは霧消した。


 彼の足元――先ほど怪しい影がいた辺り――に、大量の小動物の死体が散乱していたからだ。


「……これは……」

「ネズミですね。私が来たときには、他には誰もいませんでした」


 顔色ひとつ変えずに足元を見下ろし、リシャールが言う。

 古い聖堂でよく会うあのネズミを思い出し、胸が悪くなった。あの子は無事だろうか。

 魔法の代償、という言葉が頭をよぎる。


 やはりオリアンヌは聖女などではない。

 おそらく彼女の父親の辺境伯が、彼女が聖女として「癒やしの儀式」を行っている間、癒やしを望む信者へ、ここから密かに魔法をかけていたのだ。魔法では傷病は癒やせないと言われているから、おそらくその場しのぎの、鎮痛や体力増強といった魔法を。

 死んだネズミの数はきっと、オリアンヌに「癒やしの儀式」を受けた人数と同じはずだ。


 リシャールが物問いたげな顔をわたしに向ける。

 でも、わたしはこのことに関して何も言うことができない。もどかしくてたまらないが、オリアンヌの魔法はいまだにしっかりと効いている。

 それに、このネズミの死体だけでは状況証拠にしかならないだろう。

 わたしはリシャールを見上げた。


「……他にも行きたい場所ができたの。一緒に来てくれる?」

「ご随意に」


 礼拝堂の中のお兄様が、ちらりとこちらを見たような気がした。

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