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【連載版】わたしのすてきなお兄様  作者: 岩上翠
第3章 隣国の王女編
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 一通りの挨拶や自己紹介を済ませると、お兄様とわたしがカリーナ姫を庭園へ案内することになった。


 影のように目立たない侍女を後ろに従え、カリーナ姫はつんと顔を上げて小径を歩いている。

 お兄様とわたしはその隣を歩き、少し離れてリシャールが護衛をする。

 女官や侍従たちも数人、ぞろぞろとあとについてきた。


 すぐそばにお兄様がいるので緊張するけれど、これは公務だと何度も自分に言い聞かせる。

 お兄様も、カリーナ姫たちがいらっしゃるところでわたしに私的な会話を振ったりはしないはずだ。


 姫からは、なんとなくわたしへの拒絶のオーラを感じる。

 儀式の間ではこちらをにらんでいたようにも見えた。

 でも、ただ虫の居所が悪かっただけかもしれないし、他国の王族を前に緊張していただけかもしれない。

 わたしはにこやかに隣国の言葉で話しかけた。


『殿下、こちらはわが国の研究者たちが長年の試行錯誤の末に作りだした、虹色の薔薇でございます』

『興味がありません』


 ばっさりと切り捨てられ、会話が終わってしまった。

 お兄様がわたしを見て尋ねた。


「ジョゼット、姫はなんと?」

「……薔薇には興味をお持ちでないようです」

「なるほど」


 形のいい唇に、お兄様は小さく微笑を浮かべた。

 困惑しているわたしとは裏腹に、お兄様は余裕綽々といった様子だ。


「それでは明日は狩りにお連れしましょうか、と聞いてくれるかい?」

「はい」


 その通りに聞くと、姫はぴくりと眉を持ち上げた。


『どなたがいらっしゃるのですか?』


 わたしはお兄様に誰が行くのかと尋ね、返答をそのまま姫にお伝えした。

 狩りへ参加するのはお兄様と、ほとんどの男性王族の方々のようだ。


『わたくしも参ります』


 ようやく前向きな反応をもらえてほっとした。

 でも、そのあともカリーナ姫はずっとわたしと目も合わせず、予定されていたお茶会も疲れているからとキャンセルされ、早々に自室へ戻ってしまった。


 薔薇の木の陰でうなだれるわたしに、お兄様が声をかけた。


「ジョゼ、どうかした?」

「お兄様……わたし、何かカリーナ姫に対して失礼なことをしてしまったでしょうか?」


 お兄様は、ふっとほほえんだ。

 気疲れが一気に吹き飛ぶような、美しい笑みだった。

 思わず目が吸い寄せられる。

 一歩、彼がわたしに近づいた。


「ジョゼの仕事は完璧だった。何も気にすることはない」

「あ、ありがとうございます……」


 わたしを通訳の役目に推してくださったのはお兄様だ。

 だから、そう言ってもらえて安心した。

 もう一歩、お兄様が近づく。


「それで、ジョゼは?」

「え?」

「ジョゼはなぜ俺を避けているんだ? 俺は君を怒らせるようなことをした?」

「……あ……」


 火が点いたように全身が熱くなる。

 何も答えられないし、お兄様を見ることすらできない。


 お兄様のベッドで眠ってしまい、目覚めたときのことを思い出してしまう。

 あのときお兄様は、ただ、様子のおかしいわたしを心配してくれただけなのに。

 こんなに意識してしまって恥ずかしい。


 わたしは真っ赤になってうつむき、黙り込んだ。


「……ごめん。困らせるつもりはなかったんだ」


 謝られて、そっと目線を上げると、お兄様は優しく言った。


「また明日、ジョゼ」

「…………はい。また明日」


 わたしに背を向け、お兄様が去る。

 少し離れた場所で待っていたリシャールも、お兄様についてこの場を離れる。

 避けていたのはわたしなのに。

 なぜか、言いようのない寂しさを感じた。




 それからわたしは、宮廷の女官たちと明日のカリーナ姫のおもてなしについて小一時間ほど打ち合わせをしてから、自分の部屋へ戻った。


 部屋に入ると、チェストの上に何かが置いてあった。

 近寄って手に取ると、それは贈り物のようだった。

 小さな箱にリボンがかけられ、カードが添えてある。


《親愛なるジョゼへ エドワール》


 お兄様の手書きの文字に、どくんと心臓が跳ねた。

 リボンをほどき、箱を開ける。


 中には銀のペンダントが入っていた。


 チェーンは細く、ため息の出るほど精巧な造り。

 ペンダントトップはこの国の教会のシンボルである星のモチーフで、かわいらしくも優美で上品なデザインだった。

 精巧な造りと素材の高級さは一目瞭然で、おそろしく値が張るものであることは間違いないだろう。


「きれい……」


 誕生日ではないけれど、華やかなカリーナ姫に比べてわたしが地味な装いで、アクセサリーの一つも身に着けていないからこれを贈ってくれたのだろうか。

 通訳兼案内係だからあまり目立たない方がいいだろうと、あえて控えめな服装にしたのだが、仮にも一国の代表としては地味すぎたのかもしれない。

 お兄様は従兄として、また国王代理として、そんなわたしを見かねてわざわざこれを届けてくれたのだろう。


「さすがはお兄様だわ。わたしも、もっとしっかりしないと」


 わたしはさっそくそのペンダントを身に着けた。

 お兄様からの贈り物だと思うと、勝手に胸が高鳴りそうになってしまうが、それを強硬に無視して鏡の前に立つ。


 思った通り、非常に高価であろうこのアクセサリーをつけたわたしは、三割増し程度は高貴な令嬢に見えた。

 馬子にも衣裳とはよく言ったものだ。

 カリーナ姫も、貧相なわたしにがっかりしてあんな態度を取っていたのかもしれない。

 通訳兼案内係があまりにも質素な服装では「馬鹿にされている」と思われても仕方がないだろう。

 だが、このペンダントがあればそんな誤解も生まれないはずだ。

 お兄様の深謀遠慮に、わたしは改めて尊敬の念を抱いた。


 恋心に振り回されて、お兄様に幼稚で自分勝手な態度を取ってしまったことが申し訳ない。

 わたしは文机に向かい、お礼の手紙を丁寧に、心を込めてしたためた。

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