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5.聖女との面会

 デューキが想像していた以上に、その日は早くやってきた。

 聖女との面会だ。しかも、個人的な感謝を伝えるための。であれば、もっと急を要する事案のほうが優先されるので、かなり先になると予想していたのだが。

 もしかしたら今回は、問題という問題がちょうど起きていない時期だったのかもしれない。などと、返事がきたときのデューキが本気でそう思ったくらいには、珍しいことだった。

 事実、ようやく正式発表された聖女との面会など、順番待ちになるはずだったのだから。


「お会いできて光栄です、聖女サーン」


 しかし実際はデューキの予想に反して、後回しにされることもなく。手紙を出してからひと月もかからず、面会の場を用意してもらうことができた。

 しかも国王が同席した上での、謁見(えっけん)()で。


(兄上は、私を特別扱いしているのではないか?)


 一瞬でも、そんな考えがデューキの脳裏(のうり)(よぎ)ったのは事実だ。

 だがそれ以上に、もしかしたら呪い関係の話題だからこそ、口の堅い者たちだけの場に限ったのかもしれない。

 だからこそ謁見の間なのだと考えれば、辻褄(つじつま)が合うというものだ。


「わたくしも、お会いできる日を楽しみにしておりました、ブッセアー公爵様」


 聖女のお披露目の際に、たった一度目にしたことがあるだけだが。改めて彼女に向き合うと、やはり元平民とは思えないほどの気品がある。

 そう、平民。この場にいる聖女本人とデューキと国王の、おそらく三人だけが知っているであろう事実ではあるが。彼女は元、平民なのだ。

 毛先だけが淡いピンクがかって見える、ホワイトブロンドの長髪も。淡い、アメシスト色の瞳も。なにより、その(まと)う雰囲気が。立ち居振る舞いも含めて、どう見ても貴族のそれとしか思えないが。


「聖女様にそうおっしゃっていただけるなど、恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます」


 だがなによりも、聖女という存在自体が特別すぎて。ともすれば一国の王よりも、絶大な信頼と権力を持ち合わせている可能性すらある。

 なにせ彼女たちは、あまりにも貴重すぎるのだ。周辺諸国に一人いればいいほう、というくらいには。

 むしろ世界に目を向ければ、聖女が存在していない国のほうが圧倒的に多く。また一度聖女が見つかったとしても、次の聖女が続けて見つかることなど、まずもってない話だ。

 時折、国に二人の聖女を抱えているという話も、聞こえてはくるのだが。正直、真偽(しんぎ)のほどは定かではない。


「まぁ、ブッセアー公爵様。どうか、普段通りにお話ししてくださいませんか? 私は決して、特別な存在ではありませんもの」

「ご謙遜を。聖女様が特別でないなどと、そのようなことはありません」

「……だめ、でしょうか?」

「っ……」


 聖女らしい飾り気の少ない、白のドレスを常に身に着けている彼女は、神への祈りを捧げる時間が長かったからなのか。胸の前で手を組んで、まるで本当に祈るような姿で。国王のすぐ横、壇上にいるにもかかわらず、まるで見上げるかのような仕草で、デューキを真っ直ぐに見つめる。

 交差するのは、ターコイズブルーの瞳と淡いアメシストの瞳の視線。

 口ごもったのは、ほんの一瞬で。聖女の言葉に、デューキはすぐさま答えてみせた。


「いいえ、まさか。聖女様がそう望まれるのでしたら、御心(みこころ)のままに」


 だが、胸に手をあてて頭を下げたデューキを、聖女と呼ばれている成人したての女性は、どこか寂しそうな目で見つめていて。

 それに気づいたのは、彼らを守るために立っていた数人の騎士たちと。


「ハハッ! お前は本当に、時折気が利かぬな!」


 二人のやり取りを静かに眺めていたはずが、いきなり盛大に笑いだした国王だけだった。


「陛下……」

「よい。ここでは、私とお前はただの兄弟だ」


 困った顔をして見上げた先で、国王は妙に人間味のある顔で笑ってみせているが。その言葉と姿に、デューキは余計に困り顔になっていく。

 そもそもこの場は、一応公式であるはずなのだが。どうやらここでの会話は、非公式に近いものを望まれているようだと、ここにきてデューキはようやく気づいた。


「……でしたら、事前ににその(むね)お知らせ願えますでしょうか」

「書面に残すほうが、厄介なことになるかもしれぬだろう? それに、たまにはお前を驚かせてやりたくてな」

「兄上……」


 前半は、しっかりとした説得力を持っていたはずなのに。後半の本心で、それが台無しになっている。

 しかも本人は、それを分かって言っているのだから。本性を隠さない分、ある意味タチが悪いし、時折心臓にも悪い。


「まぁ、下手な腹の探り合いをするよりも、単刀直入に言葉にしていったほうが、なにかと問題にならないだろう」


 特に今回のような場合は。と付け足した国王の表情は、先ほどとは打って変わって別人のように真剣で。

 つまり、聖女への面会の場に謁見の間を選んだのも。必要最低限の人数だけに絞ることで、色々な思惑やらが絡んでくるのを回避しようと、そういうことでもあり。

 そして。


「そもそもにして、感謝を伝えるための言葉が堅苦しいのでは、あまり意味がないのではないか?」


 呪いに関することを口にする手前、行き違いがあってはいけないとの配慮でもあったのだろう。

 もちろん、感謝の意思を自分の言葉で伝えられるようにという、国王なりの兄心も多分に含まれてはいたのだが。


「そう、ですね。兄上のおっしゃる通りです」


 とはいえ、そう言われてようやくデューキは、聖女へと向き直ると。


「先日の夜会では助けていただき、ありがとうございました」


 今度こそ堅苦しくない、素直な言葉を口にした。

 それに微笑(ほほえ)みを返した聖女は、どこか嬉しそうな。ホッとしたような表情をしているようにも見えた。



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