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2.魔女の呪い

 まだ王子であった頃のデューキが、魔女の呪いを受けたのは。彼が、十八の時だった。

 人を襲う大型のクマが出没するのだという報告を受けて、小部隊を率いてクマ退治に出かけた、その帰り道。

 同じく被害が出ていた隣国と協力して無事にクマを仕留め、これで周辺住民は安心して暮らせると安堵していた矢先に、それは突然姿を現した。


「待ちなさい」


 魔女が棲むという『不可侵の森』と呼ばれる、どの領地にも属していない場所を馬にまたがりながら、ゆっくりと進んでいた一行の前に。目を(みは)るほどの美貌を持つ女性が空中に現れ、声をかけてきたのだ。

 長いダークブロンドの髪と、ワインレッドの切れ長の瞳。長い爪を赤く染めているその姿は、噂に聞いていた魔女の姿と完全に一致していた。

 そうでなくとも、宙に浮くことができるのは魔法を扱える人物だけなのだから、一目瞭然(いちもくりょうぜん)だろう。


「……どうかなさいましたか、魔女殿」


 極力刺激しないようにと、代表者として声をかけたのは、当時まだ王子殿下と呼ばれていたデューキ。

 これが人間相手であれば、王族は後ろのほうから見ているだけでよかったのかもしれないが。相手は魔女。どんな力を持っているのか分からない以上、最上位の敬意を持って接するべきというのは、『不可侵の森』周辺に住む人々の共通認識でもあったのだ。


「……気に入った」

「?」


 たった一言、そう呟いて。真っ赤な唇が、ニィと笑みの形を作る。

 その意味が一つも理解できないまま、首を傾げただけのデューキに素早く近づくと。


「【呪い(マレディキション)】」


 右手の人差し指で、デューキの胸元をトンと軽く押すのと同時に、呪文を唱える魔女。

 その瞬間、服の上からでは全く見えなかったが、デューキの胸には一輪の黒薔薇の刺青(いれずみ)にも似た、禍々しいアザができあがっていた。

 そして。


「あぁぁッ!!」


 あまりの激痛に、そのまま落馬してしまうデューキと。その様子に焦る、小部隊の騎士たち。

 騎士が駆け寄った時にもまだ、デューキは胸元を押さえながら、苦悶の表情を浮かべて痛みに耐えていた。


「我が名はソーシエ。今からお前はアタシのモノよ。覚えておきなさい」


 けれどそんな様子を意にも介さず、ソーシエと名乗った美貌の魔女はそれだけを告げると、現れた時と同じように唐突に消えてしまった。

 そうして残された人々が、デューキが落ち着くのを待ってから、急いで王城へと戻ったが。その時点で判明したのは、なんらかの呪いをかけられたということだけだったのだ。

 残念ながら、この時期のエテルネル王国は聖女の誕生どころか、候補すら見つかっていない時期だった。そのため魔女に対抗することも、魔女の呪いの詳細を知ることも、すぐにはできないまま。

 ようやく呪いの内容が判明したのも、王城で夜会が開かれた日に、ダンスのためにデューキがある公爵令嬢の手を取った時だった。

 それまで、日常生活には一切支障がなかったからこそ、発見が遅れてしまったというのもあるが。それ以上に王子という立場上、基本的に女性と肉体的な接触が極端に少なかったことも、要因の一つであった。


 そして、この日から。デューキ本人だけでなく、周りも気づき始めたのだ。

 これが、魔女の呪いなのだと。


 王族として生まれながら、女性に触れることはできない。なぜならば、デューキは魔女ソーシエのものだから。

 彼女に気に入られて、印をつけられてしまった以上、どうやったって逃れることはできないと。

 だからこそ、彼が臣下に下ることは即座に許可が下りた。王族として生きられないのであれば、せめて貴族として領地の経営や騎士団の視察をして、少しでも国の役に立ちたいと。そう彼が真剣な声と表情で訴えたのも、大きかった。


 かくして、魔女の呪いを受けたデューキ王子は、ブッセアー公爵となり。そして同時に、陰でこう呼ばれるようになったのだ。『呪われ公爵』と。


 だが、それは当時の状況を知っている者だけが口にする言葉であり。憐れみこそ込められてはいたが、決してデューキを侮辱するために使われていたわけではなかった。

 かくして、彼が魔女に呪われていることも暗黙の了解として、女性は特に気を遣うようになったが。

 あまりにも社交の場に出てこないことを心配して、夜会に久々に出るよう指示した国王からすれば。デューキが倒れてしまったという事実は予定外であると同時に、強い罪悪感に(さいな)まれるだけの結果となってしまったのだった。


 そうしてまた、知らなかったはずの人々にまで、噂という名の事実が知れ渡ってしまうのだ。

 曰く、デューキ・ブッセアー公爵は魔女に呪われている、と。



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