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24.夢か現か

 だが、どうやら今回も、返答は期待していなかったらしい。むしろ言葉を発することをしなかったのは、正解だったかもしれない。

 なぜならば。


「あ゛ぁ゛ッ!!」


 全身に、いまだかつてないほどの痛みが走り。声を出すのと同時に、体が硬直してしまったから。

 魔女がなにをしたのかは分からないが、彼女の仕業であることだけは確かだ。

 その証拠に。


「あぁ、もうここまで浸食されてたのね。一度に追い出したら、痛いだけよねぇ。少しずつにしておくわ」


 不気味なほど優しい声で、そんなことを告げてくるのだから。これで魔女の仕業でないなど、あり得ないだろう。

 ハァハァと荒い呼吸を繰り返すデューキの耳に、その言葉が届くのと同時に。いつの間にか頬に添えられていた指先が、ゆっくりと移動を始めて。デューキの体の上を、這う。

 頬から顎の輪郭をたどって、首筋を下りて鎖骨を撫でたかと思えば。そこから左胸の上、ちょうど呪いの『黒薔薇』があるあたりまで、魔女の指先が這うと。ピタリと、その動きを止めて。


「ぁッ……! はッ、あぁッ! ぅ、ぐッ……」


 宣言通り、少しずつ『なにか』をされているらしい。体の中で、まるで二つの異物がぶつかり合うような感覚と、同時に外に追い出されているような感覚を、わずかに感じてはいたが。

 それ以上に。


「ぅ゛ッ、あぁぁッ!!」


 全身にトゲのついた薔薇の枝が這い、締めつけてくるようなその感覚に、痛みに。ただ、支配されて。

 これだけ叫び声を上げているにもかかわらず、誰一人駆けつけてくる様子もなければ、部屋の中に入ってくる気配もないことに、疑問の一つも抱くことすらできず。


「もう少しだから、我慢してね」

「ぐッ……ぁあッ!」


 耳元で囁かれる言葉の意味も、理解できないまま。それでも本能からなのか、その声がまるで毒のようにも感じられる中。デューキはなす術もなく、魔女にいいように(もてあそ)ばれる。

 この場の主導権も決定権も、その命でさえ、握っているのは魔女のほうで。彼女こそが、この瞬間全ての支配者だった。


「ぁッ……はぁっ、ッぐ……はっ」


 永遠に続くかと思うような、苦痛の中で。ようやく少しずつ、無意識下とはいえ呼吸を整えようとする行動が出てくるくらいには、収まり始めていた魔女の行為に。なにをされているのかも、結局分からないまま。


(はや、くっ……)


 ただ早く、この時間が終わってくれと。デューキには、願うことしかできなかった。

 その願いが届いたのかどうかは、定かではないが。


「これでようやく、全部追い出せたかしらね?」

「は、ぁ……」


 聞こえてきた言葉を理解して、苦痛から解放されると、わずかな期待を抱く。

 だが。


「それじゃあ、最後の仕上げ。ひとつじゃ足りなかったみたいだから」


 なにを、と、デューキが問いかけるよりも先に。魔女の指先が、胸元をグッと強く押してくる。

 その、瞬間。


「あああぁぁ――ッ!!」


 心臓を握りつぶされるかのような感覚と、トゲのついた薔薇の枝に全身を締めつけられるような感覚が、同時に襲ってくる。

 死を覚悟するほどの苦痛に、本日何度目かも分からない涙の(しずく)が、そのターコイズブルーの瞳から次々と零れ落ちていくのだが。デューキ本人にその自覚も感覚も、存在しないまま。


「覚えておいて。アナタはアタシのモノ。誰にも渡さない」


 痛みから解放され、夢か(うつつ)かも分からない状態で。意識を手放しかけているデューキの耳元に、そっと囁かれたその言葉は。まるで、その身を(むしば)む毒のように、デューキの心の内に落とされた。


 次にデューキが目を覚ました時には、嵐のような天候が嘘だったかのように、窓の外の景色は晴れ渡っていて。実はあれは、全て夢だったのではないかと。一瞬、錯覚しかけたが。


(……あの痛みが、夢?)


 あれから何日経っているのかは分からないが、あれが夢だとは、とてもではないが思えなかった。

 だがそうなると、魔女はいったいどこへ行ったというのか。そして現実に起こったことだとするならば、自分は『なにを』されていたのか。

 ひとつでは足りなかったと、魔女はそう言っていた。ということはつまり、どこかで『なにか』は変化しているはずなのだ。

 そう考えて、ふと。最後に彼女に触れられた、胸元を確認しようとして。


「……え?」


 腕に力が入ることを確かめてから、上半身を起こしたデューキの目に飛び込んできたのは。

 自分が寝ているベッドの横に置かれた、普段はそこにないはずの一脚の椅子に腰かけながらも。しっかりと目を閉じて、安らかな寝息を立てながら眠る、その姿は。


「聖、女……?」


 慌てて周りを見回してみるものの、誰一人この部屋の中にはいない。普段であれば、必ず護衛と従者が付き従っているはずなのに、だ。

 しかも視線を向けただけで、扉がしっかりと閉じられていることまで、確認できてしまった。

 つまり、この状況が許されているということは……。


「っ!!」


 急いで胸元を確認して、そこにある『黒薔薇』を目にしたデューキは。


「……あぁ、なるほど」


 あれは夢ではなかったのだと、確信を持つのと同時に。おそらくあのままでは危なかったため、巡礼から戻ってきた聖女に、急いで駆けつけてもらったのだろうと予想した。

 なぜならば。


「ひとつでは足りないからと、数を増やしたのか……」


 そこには、一輪しか咲いていなかったはずの『黒薔薇』が。花がふたつと、葉まで足されて。

 合計三輪の『黒薔薇』として、より大きな存在感を放っていたのだった。



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