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呪われ公爵と聖女様 ~またの名を、聖女と魔女の仁義なき戦い~  作者: 朝姫 夢


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23.命の危機

 熱に浮かされていることを、吐き出す息が自覚させる。荒い呼吸は、明らかに平時の状態にはないことを示していて。

 ここがどこなのかも、なぜこうなっているのかも考えられないまま。わずかに動かした左手に刺すような痛みを覚えて、これは呪いだと無意識に悟った。


「困るのよねぇ」


 聞こえてきた声に、視線だけを向ければ。横になっている自分よりも高い位置に、誰かの顔がある。

 と、その瞬間。窓の外で雷鳴が(とどろ)くのと同時に、わずかな隙間から差し込んできた光が、その人物の顔を浮かび上がらせた。


「っ!!」


 長いダークブロンドの髪に、ワインレッドの瞳。

 忘れもしない。それは一度だけ目にしたことのある、不可侵の森に棲む魔女の姿だった。


「せっかくの黒薔薇なのに、勝手に手を加えるなんて」

「どう、して……」


 問いかけるために出した声は、もはや声にはなっておらず、吐息でしかなかった。

 だがそれでも、魔女には届いていたらしい。こちらに、その不気味なほど赤い瞳を向けると。


「あら、目が覚めたの? それなら、ちょうどいいわ」


 瞳と同じように真っ赤な唇を、ニィと釣り上げて。こちらに向かって、すいと手を伸ばしてくる。

 しかもどうやらよく見ると、彼女は腹の上に馬乗りになっているらしい。重さはあまり感じられないが、そこにいるのは確かなようだ。

 その手が、左頬に触れる。体温が高いせいなのか、ひやりとした冷たさを感じた。


「ねぇ。どうしたら、あの小娘を排除できると思う?」

「ッ!?」


 彼女の口から出てきた「小娘」というのは、きっと聖女のことだろう。

 どうして魔女が、聖女のことを知っているのか。どうしてそれを、自分に聞いてくるのか。そして排除とは、いったい聖女をどうするつもりなのか。

 様々なことが、一瞬で頭を(よぎ)って。だからこそ、なにも言葉にできないままのデューキに。最初から期待はしていなかったのか、それとも答えを聞くつもりはなかったのか、魔女は特に気にした風もなく。


「それとも、いっそ全て奪ってしまったほうが早いのかしら?」


 そんな不穏な言葉を吐き出しながら、デューキの乾いた唇を、親指でゆっくりとなぞる。


「この国には、いらないモノが多すぎるのよ」

「ッ……」


 それが意味するところが、どの範囲までなのか見当がつかないまま。ただ下手に刺激してはいけないと、熱と痛みに耐えながら、その顔を睨み続ける。

 ここで不用意に言葉を発して、自分の大切な存在全てを奪われてしまっては、意味がない。なんのために、これまでどの国も魔女を刺激しないようにしてきたのか。


「あぁ、そうそう。どうしてここにアタシがいるのか、だったかしらね?」

「!!」


 先ほどの「どうして」に対する、答えをくれるらしい。

 確かに、どうしてここにいるのか、という意味合いで口にした言葉ではあったが。まさか、それを正確に汲み取られているとは思わず、つい素直に驚いてしまった。


「簡単なことよ。エテルネル王国に入国予定の商人を使って、どこぞの貴族の小娘を利用しただけ」


 まるで仕掛け玩具の種明かしをする子供のように、その声は楽しそうに弾んでいて。雷鳴によって浮かび上がる魔女の顔は、妖艶な笑みを浮かべていた。

 どうやら夜会会場で抱き着いてきた令嬢は、彼女に利用されただけの被害者だったらしい。しかもタチが悪いことに、無作為に選ばれた上で。


「聖女がいるからと、教会は門に配置する人数を減らしていたのよ。おかげで、商品以外は気にかけられることがなくなったの」


 しかも、手薄になったところを的確に狙われていたらしい。これだけ情報が筒抜けでは、対策もあまり効果が発揮できていないのかもしれない。

 だが、それよりも。


「もちろん今の話は全部、誰にも教えてはダメよ? もし、そんなことをしたら……」

「かはッ……!」


 今は、そんなことを考えている暇はなかった。

 魔女の指先が、唇から顎を伝って喉を撫でた、その瞬間。そこが、燃えるように熱くなった。まるで、喉を焼かれているかのように。


「こんな風に、毎回つらい思いをするだけよ。いい? 誰にも伝えてはいけないの。理解できたかしら?」

「ッ……!」


 魔女の言葉に、必死に首を縦に振って頷いてみせる。熱さと痛みと苦しさで、生理的な涙が零れていることにすら、気づかぬまま。

 このままでは、殺される。

 迫りくる恐怖から逃れる(すべ)を、なにひとつ持たぬ状況下で。デューキは生まれて初めて、命の危機を感じていた。


「そう、いい子。さすが、アタシのお気に入りは飲み込みが早くて助かるわ」


 そう言いながら、今度はゆっくりとデューキの喉を撫でる魔女。その手が往復するたびに、熱も痛みも引いていく。

 だが同時に、思い知らされてもいた。目の前にいるのは、こうも簡単に人の命など奪ってしまえるような存在であり。今現在、自分の命は彼女に握られているのだと。

 うっかり機嫌を損ねてしまえば、文字通り命取りになりかねない。返答も反応も慎重に考えなければ、次の瞬間には死人(しびと)かもしれないのだから。


「それに比べて、あの小娘はダメねぇ。そもそもアタシのモノを奪おうだなんて、身の程知らずもいいところだとは思わない?」


 否定も肯定もできない質問を向けられて、涙目のまま見上げた先。また雷鳴と共に、光に照らされた魔女の顔は、不愉快そうに歪んでいた。



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