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14.羨望の眼差し

「公爵閣下! 聖女様が本格的に解呪に乗り出したとお聞きしたのですが、それは本当ですか!?」

「噂では、閣下のお屋敷に聖女様が直接向かわれたとか!」

「教会の馬車が入っていくところを偶然目撃したと、あちらこちらから聞こえてくるのです!」


 聖女が定期的にブッセアー公爵邸を訪れることが決定して、まだ数回だというのに。なぜかもう、そのことは知れ渡っていたようで。


「閣下。聖女様の治療とは、いったいどのようなものなのですか?」

「やはり、聖なる力による癒しが(おも)なのでしょうか?」


 騎士団の見回りに向かえば、騎士たちに矢継ぎ早に尋ねられたかと思えば。領地の件に関して報告に向かえば、貴族たちに足止めされる。

 そして誰も彼もが、例外なく羨望の眼差しを向けてくるので。手を繋ぎながら治療を行っているなど、口が裂けても言えないような状況だった。


「して、今はどのような状況だ?」


 さらには国王である兄が、わざわざ個人的に城に呼び出してまで、近況を聞いてくるのだから。これでは、騎士や貴族たちに聞くなとは、どうしても言いづらい。


「……兄上、まさかとは思いますが。そのためだけに、今回も私を呼びつけたのですか?」

「当然だろう? そもそも、進展がないのでは意味がない。なにより、解呪できる目途(めど)が立った時点で、お前のための夜会を開く準備を始めなければ、間に合わないではないか」

「なにが間に合わなくなるんですか!?」


 つい語気が荒くなってしまったが、とはいえ聖女と会うたびに毎回なのだから。さすがのデューキも、一番上の兄の気にかけようが面倒になってきていた。


「お前、自分の年齢をちゃんと理解しているか? あまり遅くなるようでは、(おい)(めい)を私がこの手で抱けなくなるかもしれないではないか」

「兄上には、大勢の甥御(おいご)姪御(めいご)がいるではありませんか」

「なにを言っているのだ。私は、お前の子供が見たいのだ」

「兄上……」


 脱力するしかなくなってしまったデューキは、他の兄や姉の顔を思い出しながら、なんとも言えない気持ちになってしまう。

 王位継承に際して、全く争いがなかったわけではない。それはデューキも知っている。だから、それに最初から関わることのなかった自分が、年が離れていることもあって一番可愛がられているのだということも。

 だが、それとこれとは別だろう。


「何度も申し上げている通り、解呪が可能になった時点で、すぐにこちらからご報告いたしますから」

「私は、それ以外の進展も聞きたいのだが?」

「ですから……」


 幾度(いくど)説明しても納得してもらえないのは、いったいなぜなのか。

 そもそもにして、進展があったかどうかを見極められるのは、聖女だけなのだ。万が一、デューキがその変化を感じ取れるとすれば。それはきっと、呪いが消えた時だけだろう。

 なので実は、デューキもあまりよく分かっていない。だから、呼び出すのであれば自分ではなく聖女を、聞く相手が間違っていると、もう何度も説得しているのだが。


「聖女からは、毎回手紙で報告を受けている。私は、お前の口から聞きたいのだ。変化があったのかどうかを」


 これだ。

 そしてデューキは、薄々気づいていた。治療の進み具合を聞きたいというのは、あくまでただの口実で。本当はただ、少しでも兄弟として会話がしたいだけなのだと。


「そのようなことに時間を割いている時間が、本当にあるのですか? 聖女から報告を受けているのであれば、それで十分ではありませんか」

「いや、足りぬ。なにより、効果が実感できているかどうかは、お前にしか分からないではないか」

「それは、そうですけれど……」


 決して鈍いわけではないデューキは、同じことが三回ほど続いた時点で、兄の思惑には気づいていたのだ。だが、あえて指摘していなかった。

 それを口にして、肯定された場合。断る口実が、デューキにはなくなってしまうからだ。


「よいか、デューキ。聖女とは、奇跡そのものなのだ。事実、お前も今回の治療に関して、大勢から羨望の的になっているのではないか?」

「そう、ですね」


 実際には、半裸になるならないの攻防を、毎回繰り広げているので。あれが羨ましがられているのだと思うと、少々複雑な気分になってしまうのだが。

 それは、今はいったん置いておこう。


(みな)、知りたいのだ。聖女がどのような人物で、どのような奇跡を起こすのかを」

「奇跡、ですか」


 確かに聖なる力を注がれるたびに、毎回不思議なあたたかさと安心に包まれる。それは事実だ。

 だが、それが奇跡なのかと聞かれると。はたして、奇跡というのは本当にそういうものなのだろうかと、疑問に思ってしまう。


「それにお前ならば、よく理解しているのではないか? 聖女という存在自体が、外交においてとてつもない効力を発揮(はっき)するのだと」

「それは確かに、こちらに有利に物事を進められるでしょうね」


 忘れてはいけない。デューキは、今でこそブッセアー公爵を名乗ってはいるが、彼もまた王族出身であり、正真正銘の王弟なのだ。

 そんな彼が、聖女という名の外交カードの強さを、理解していないはずがない。


「つまりお前には、それを広める義務がある」

「なるほど。聖女の神聖さと有用性を、王家出身の人間が積極的に宣伝しておくべきだ、と。そうおっしゃりたいのですね」

「そうだ」


 おそらく、近々どこかの国との外交を有利に進めるために、事前に下地を作っておきたいということなのだろう。

 となれば。


「分かりました。いくつか聖女に関する奇跡を、こちらから定期的に流すように手配します」

「そうしてくれ」


 噂を広めるだけならば、それこそ簡単だ。聞きたがってきた人間に、ただ素直に教えてやるだけでいいのだから。

 基本的に、貴族というのはおしゃべりが大好きだ。彼らが自分だけが聞いたことを、得意気に話さないわけがない。


「あぁ。もちろん、私への報告もしっかりとするように」

「……兄上」


 最後のそれは、どう考えても私的なものでしかなかったが。

 まぁ、それぐらいならいいだろうと思ってしまったデューキも、大概兄に甘いのだということを指摘するような人物は。残念ながら、この場には存在していなかった。



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