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「メルド……お前の双子の妹がそう言っているが、どう思う?」


 ニドラに気圧されたオリディオが、思わずメルドに助けを求めると、彼はものすごく嫌な顔をした。


「どう思うも何も……僕は一応兄ですが、妹に勝てたことは一度もありません」


 遠い目をするメルドは今、執事見習いという立場を忘れている。いつもポーカーフェイスの彼がそんな顔をするということは、説得は期待できないということで。


 近い将来、セーデル家の男性使用人を統括し、主人の秘書として公私に渡り補佐をする人間としては少々頼りないけれど、フェリシアとしてはメルドが「僕だってママに会いたいのに」とゴネなかっただけで十分だ。


 ただそんなことを口にできないフェリシアは無言を貫く。


「……なんか親父が悪かったな。すまん、許せ」

「別にお気になさらず。ただ今謝られると、僕は余計に惨めになります……」

「あ、ごめん。ほんと、ごめん」

「だから、謝らないでくださいよぅ」


 フレードリクが謝罪すればするほどメルドは落ち込み、部屋はいたたまれない空気に満たされる。


 その息苦しさに耐えかねたオリディオは溜息を一つ吐いて、私情が入ったニドラの提案を飲むことにした。

 

「わかった、わかった……もう、よい。スセルの別荘に滞在することを許可しよう。フェリシア、お前もそれでいいか?」

「もちろんですわ」


 即答したフェリシアは、物言いたげなフレードリクに微笑む。


「お兄様が心配なさらないよう、たくさん手紙を書きますわ」

「……わかった。5日以上空いたら、様子を見に行くからな。それと往復の移動は何かあるといけないから馬車厳禁。移動ゲートを使うんだぞ」

「ええ、わかりました」


 過保護な兄にしてはずいぶん謙虚な条件に、フェリシアは二つ返事で頷いた。


 それから3日後、フェリシアは侍女のニドラを伴って、スセルの森の別荘に旅立つことが決定した。


 荷物をまとめている最中、フェリシアはふと思う。 


 生涯をセーデル家に捧げても、自我を失わない侍女と、マザコンじゃない未来の筆頭執事。


 これまで色んなことを見過ごしてヘラヘラ笑って暮らしてきたけれど、我が家は最高に居心地がいいのではないかと。


 結婚願望がゴミ化した今、いっそこのまま独身を貫くのも悪くない。最悪、フレードリクの結婚相手が嫌がるなら、王都を離れて悠々自適に暮らすのもアリ寄りのアリだ。


 そんな未来予想図を描いて旅立ったフェリシアだが、スセルの別荘に到着してたった10日で現実はそんなに甘くないことを思い知らされる。


 


 スセルの別荘は、緑色の海の中に沈んでしまったような静かな森の中にある。葉を揺らす風の音も、鳥のさえずりも、波のさざめきのように耳に心地よい。


 森林の香りには”フィトンチッド”という成分が含まれており、心と身体を癒してくれる効果があるらしい。


 フェリシアも例に漏れず、別荘に到着して早々、前世と今世の失恋の痛みなんてすぐに消えると確信した。


 しかし現在、それはちょっと難しいかな? なんて途方に暮れている。


 先日のお見合い相手──イクセル・アべンスを前にして。



「お久しぶりですね、フェリシア嬢。体調を崩されたと風の便りで訊きまして、居ても立っても居られずここに押しかけてきたことをどうかお許しください」

「あ……はぁ、いえ」

「そうですか、お許しいただけると。貴女の寛大な心に感謝を。それにしてもフェリシア嬢、ここは景色も素晴らしく実に居心地がいい。王都では貴女が不治の病に倒れただのと不快な噂が飛び交っておりましたが……いやぁ、所詮は噂でしたね。ははっ」

「っ……!!」


 慇懃無礼にこちらの体調を気遣ってくれるイクセルは、安堵したように笑ってはいるが目は全然笑っていない。


(間違いなく、王都から逃げたことを怒っているのね)


 フェリシアはイクセルを直視できず、ティーカップを持ち上げ茶をすする。最高級の茶葉のはずだが味も香りもまったくしない。


 この別荘を訪ねてきたイクセルは、貴族青年の衣装でも、旅服でもなく、国内の治安を維持する警護隊の制服を身にまとっていた。


 運悪くニドラは街へ買い出し中。玄関先で対応したのはニドラの母親で、イクセルの顔を知らなかった。


 それが運の尽きだった。高位の警護隊に「ひと夏お嬢様の身の安全をお守りするため、一度ご挨拶を」などと言われれば、使用人であるニドラの母親は念のためフェリシアに確認を取るしかない。


 暇を持て余していたフェリシアは、まさかイクセルとは知らずに、ほいほい玄関ホールに足を向けてしまったのだ。


 その時点でもはや手遅れだった。玄関ホールで待ち構えていたイクセルを視界に収めたフェリシアは、驚愕することしかできなかった。


 完全に固まってしまったフェリシアを見て、イクセルはこう言った。


「久しぶりだね、シア。会いたかったよ。ちょっと時間を貰えるかな?」

 

 甘い声音と、鋭い視線。加えて格上の彼を追い返す度胸はフェリシアにはなく……こうして、テラスでテーブルを挟みお茶を飲む羽目になっている。まさに地獄である。


 セーデル家が王家から国防を任されているのと同様に、アベンス家は国内の安全や秩序を守る──前世の言葉を借りるなら警察のようなもの。


 イクセルは警護隊のトップでありながら、部下に丸投げすることなく自ら動く警察の鏡のような人。そこにかつての自分は惚れたのだ。


 だから彼が制服を着ていても、手薄な警備を案じて巡回ついでにここに立ち寄るのも、立場上おかしくはない。


 そう。おかしくはないのだが……お見合いが破綻となり、イクセルとは完全な他人になった今、わざわざ彼がここに足を運ぶ必要はないはずだ。


(お見合いのこと……文句を言うだけ言って、終わりにしてくださったらいいけれど)


 なかなか本題に入ろうとしないイクセルが今、何を考えているのかフェリシアにはさっぱりわからない。


 こんなことなら兄の忠告通り、護衛騎士を数名連れてくれば良かったとフェリシアは強く後悔した。

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