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エイリットから計画の詳細を聞き、携帯転移紙を渡したと同時に、執務室に3人の男女が扉を破壊する勢いで姿を現した。
予想通り、フリードリクとアジェーリアとリアンドである。
「エイリット、早く行け。ここからは大人の時間だ」
「え?……あっ……は、はい!!」
ただならぬ気配を感じたエイリットは、勢いよく携帯転移紙を破り姿を消す。
それを見届けたイクセルは、場違いなほど爽やかな笑みを浮かべた。
「おやまあ、ノックもしないで入室するなんて随分と無礼なことを。でも部下に呼びに行かせるとこだったので手間が省けて──」
「黙れ!!」
これ以上聞いていられるかと言いたげに、フリードリクはイクセルの胸倉を乱暴につかんだ。
「お前、殺してやる!!」
「殺せるものなら、どうぞ」
リアンドが涙目で「やめなよぅ」と訴えるが、イクセルは挑発的な笑みを浮かべる。当然の如く、フリードリクは冗談とは受け取らなかった。
「あの世でシアに死ぬほど謝罪しろ」
ゾッとするほど冷たい声を出したイクセルの髪がなびき、周囲も風が吹き荒れる。
整理整頓された執務室は見るも無残な状況へと変わり、フリードリクが本気でイクセルを殺そうとしているのが否が応でも伝わってくる。
そんな中、毅然とした表情でアジェーリアがイクセルの腕を掴んだ。
「リク、イクセルを殺すなら、まず最初にわたくしを殺しなさい」
アジェーリアはイクセルとの協定を破った罪悪感からそうしただけだが、事情を知らないフリードリクからしたら誤解を生む行動にしか見えない。
殺気を孕んだ風は一瞬で消えたが、その代わり汚物を見るような視線をイクセルに向ける。
「やっぱりお前、殿下とそういう関係だったんだな!このクソ野郎、俺のシアを弄びやが──」
「ふざけるな!!」
「冗談じゃないわ!!」
鬼気迫る勢いでイクセルとアジェーリアに遮られたフリードリクは、不覚にも気圧されてしまう。
そんなフリードリクにアジェーリアは、足音荒く詰め寄った。
「あのねぇ、リク。あなた今、なんて言った!?この鬼畜とわたくしが、そういう関係?はっ、ふざけないで!」
「……も、申し訳ございません。ですが……」
謝罪をしたものの、納得いかない様子のフリードリクに、アジェーリアは半目になる。
「なんですの?その顔は。まだ疑っているの?これは不敬罪だわ!大いなる不敬罪!リク、あなたよっぽど城の牢獄で仕事をしたいのね」
「なんで投獄されてまで仕事しないといけないんですか!?」
「我が国の平和と独立を司るセーデル家の嫡男が仕事を放棄するなんてあり得ませんわ」
当然のように言い放ったアジェーリアに、フリードリクは苦い顔になる。
「つい先月、全く同じ台詞をコイツから言われました」
「あら、そうなの。リクはよっぽど牢屋に縁があるのね。ふふっ」
無邪気に笑うアジェーリアだが、その目は本気である。
「じゃあ、リク。行きましょっか、お、し、ろ、に。ついでにお父様からのお小言も代わりに聞いて頂戴」
まるで庭園に散歩に行くような気軽さでアジェーリアから腕を絡められたフリードリクは、この世の終わりのような顔になる。
相手は、王族。突き放せば不敬罪の上塗りになるし、大人しく従えば獄中生活が待っている。
そんな八方ふさがりのフリードリクに手を差し伸べたのは、まさかのイクセルだった。
「殿下、お戯れはその辺で。それより会場には、殿下のお好きな庶民の料理をご用意しております。こんな機会じゃなきゃ召し上がれないでしょう?」
「……魚の素揚げと、鶏肉の炭焼きは?」
「もちろん」
大きく頷いたイクセルは気取った仕草で、扉を指し示す。要は早く出て行けということで。
「じゃあ、わたくしはこれで失礼するわ。行くわよ、リアンド」
「……かしこまりました」
もはや従順な犬と化しているリアンドは、素直にアジェーリアをエスコートしてトコトコと廊下に出る。
静かに扉が閉まり、フリードリクと二人っきりになったイクセルは取って付けたような笑みを浮かべた。
「ではフリードリク殿、窮地を救って差し上げたお礼を貰ってもよろしいでしょうか?」
「お礼?はっ、図々しい」
鼻で笑ったフリードリクは、腕を組んでイクセルを睨みつける。
「お前が俺に助けを求めてるんだろ?なら、跪いてみろ。そうしたら考えてやる」
プライドが高く、フリードリクを舐め切っているイクセルなら絶対にやらないだろう。
そう確信していたフリードリクを嘲笑うかのように、イクセルは洗練された所作で床に膝をついた。
「セーデル家の嫡男フリードリク殿、どうかわたくしに風の祝福の力をお貸しください」
深く頭を下げ、うなじまで見せるその姿は、まるで国王に忠誠を誓っているかのような姿だ。
「……お、お前……」
そんなことできる人間だったのか!?と、フリードリクは素で驚いた。それと同時に、彼がなりふり構っていられないほど追い詰められていることも知る。
予想外のイクセルの行動に、フリードリクは深いため息を吐いた。
「お前の覚悟はわかった。だが……精霊力のないお前が行ってどうする?シアの窮地を救うのは、どう考えても精霊力が有り余っている俺が適任だ。お前はのんびり馬にでも乗って来い」
誰もが賛同する発言をしたというのに、フリードリクはおもむろに立ち上がったかと思えば鼻で笑った。
「はっ、シスコンシスコンだと思ってましたが、私の前でそんな発言をするなんて実に愚かですね」
「なっ……!!」
激高しかけたフリードリクだが、イクセルが片眼鏡を外した途端、その表情は驚きに変わった。
「シアの窮地を救うのは世界中でただ一人、私だけ。他の誰にも譲る気はありません」
真っすぐにフリードリクを見据えたイクセルの瞳は、いつもの青と銀が混ざった瞳から金色に変わっていた。強い精霊力を持つ者の証だ。
「お、お、お前、ここでそれを見せるなんて正気か!?」
「至って正気ですよ」
「だってだって、お前……ずっと隠してきただろ。いいのか?」
精霊力が開花した者は四大家門の人間とは婚姻できない。その暗黙のルールを守るために、イクセルはこれまでずっと精霊力を抑える魔道具で自分の能力を隠してきた。
それなのにイクセルは、フェリシアとの結婚を大反対しているフリードリクに己の能力をさらけ出したのだ。
「俺が、バラしたらどうするんだ?」
ただ一言、イクセルの精霊力は開花していると公言すれば、イクセルは二度とフェリシアに求婚をすることはできない。
そんな危険性を指摘した途端、イクセルはやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「人の婚約者の精霊力を奪ってる男が良く言えたものですね」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げたフリードリクに、イクセルは一歩詰める。
「私は自分の能力を隠した嘘つきで、貴方は妹の精霊力を奪った盗人。いわば私たちは互いの秘密を握り合う共犯者です。そのことをお忘れなく」
「っ……!」
ぐうの音も出ないフリードリクに、イクセルは顎でテラスを示した。
「で、いつまでこんなくだらない会話を続ける気ですか?いい加減、シアの元に向かいたいんだが」
「お、お前……!」
気づけば立場が逆転してしまった事実に、フリードリクは心から跪かせたことを後悔した。こんなことなら、王城の牢屋で仕事をしたほうがまだマシだった。
しかしフリードリクは、変なところで真面目だ。それが長所であり、短所である。
ダンッダンッと足音荒くテラスに出ると、後に続いたイクセルに振り返った。
「言っとくが、着地の世話まではできないからな」
「地のアベンスに向けて、クソみたいな忠告をありがとうございます」
「ったく、お前は……!ああ、もういい!!いくぞ」
「いつでもどうぞ。あ、そうそう」
両手を掲げて精霊力を高めていたフリードリクは、そのままの姿勢で「なんだ?」と続きを促す。
「どうせあなたのことだから、後を追ってくるのでしょう?私は自分の秘密をみすみす他人にばらすような馬鹿な真似はしないので、別に構いませんけど。ただその時はアジェーリア殿下をお連れになってください。きっと感謝されますから。それと向かうのは精霊力を使わずに馬か馬車でお願いします。その方がいいような気がするんで。まぁ、向かいたくないなら、ここで私の不在を適当に誤魔化しといてください」
つらつらと指示を出すイクセルに、フリードリクの額に青筋が立つ。
ここに拉致されてから、ずっと散々な目に合っている。それだけでもブチギレ案件だというのに、偉そうにイクセルから命令されてフリードリクの堪忍袋の緒が切れた。
「俺は、お前の小間使いじゃなぁーーーーーーーい!!」
これまでの不満をぶちまけるかのように、フリードリクはありったけの精霊力でイクセルを空に放り投げた。




