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前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!  作者: 当麻月菜
第4章 今世の貴方と私の掛け違った恋に終止符を

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 夜の帳が下りた頃、イクセルの弟であるエイリット・アベンスは、懐中時計を片手に砦の正面玄関でソワソワしていた。


 今日のエイリットの服装は、学校の制服でもなければ、普段着でもない。兄から借りた貴族の夜会衣装だ。


 若干、着られている感はあるけれど、窓に映る自分はこれまでで最高に男前である。しかしエイリットの表情は憂いている。

 

 思い返してみると、この夏は好きな人が手を伸ばせば届く距離にいたというのに、ただ横顔を眺めるだけで終わってしまった。


「こんなはずじゃなかったのに……!」


 兄に直談判して、砦に滞在するとこまでは予定通りだった。兄の婚約者を利用して、もっと片想い相手──ディオーナと距離を縮めるチャンスを得たのも事実だ。


 だがしかし、兄の婚約者の侍女であるニドラが優秀だったせいで、その後の段取りはメチャクチャだった。


 ディオーナはニドラに心酔して、エイリットのことなど見向きもしてくれない。


 彼女の手作りキッシュは、この世にこんな美味しいものがあるのかと驚愕するほどの味だったが、それが単なる賄賂だとわかった途端、なんかしょっぱい味に変わった。


 とはいえ、ニドラのことをエイリットは憎んではいない。むしろ感謝している。


 お前、本当に侍女なのか?と、尋ねたくなるほどニドラは博識で、教え方も上手い。


 表情筋が死んでいるからわかりにくいが、とても世話焼きだ。下心からエイリットがディオーナの傍にいるとわかっていても、嫌な顔をせずエイリットの勉強までみてくれた。おかげで苦手科目だった地理が克服できた。ありがとう。


「あれ?僕……思っている以上に、充実してない?」


 見方を変えれば、すんげぇ得るものがあったことに、エイリットは気づいてしまった。


 夏の間、好きな子の傍にずっといることができて、山のように出された課題も片づけることもできて、兄の脳筋部下のおかげで剣術もワンランクアップした。


 うん、しょっぱい思いだけしたわけじゃない。得るものはあった。でも、夏の初めに掲げた目標は、まだ達成していない。


 同級生という枠から脱却する。これがエイリットの目標だ。


 だから今日は、絶対にダンスに誘う。あわよくばダンスを踊りながら、名前で呼び合うことができたら最高だ。


「あ、坊ちゃまだ!キマッじゃん。頑張ってダンス誘いなよぉー!」

「俺ら応援してっから!」

「困ったら目で合図してくれよ。いつでも助けてやるからな!」


 たまたま通りかかった兄の部下である脳筋三人組に肩を叩かれたエイリットは、曖昧な笑みを浮かべてやり過ごすが、グッと握った拳は震えている。


 とりあえず、手加減なしに肩を叩かれて痛い。それと、良かれと思ってアドバイスをくれたようだが、声がでかい。


 万が一、ディオーナに聞かれたらどうしてくれるんだ。あと、アドバイスって言っても、フワフワだし。


 エイリットが彼らに求めるのは、邪魔をするな。黙っていろ。この二つだけである。


 そんなふうに心の中で突っ込みを入れたエイリットだけど、地面が微かに揺れたのを感じ、表情が変わる。

 

「何か……良からぬことがあった」


 母親の出自は訳アリだが、エイリットは四大家門の一員だ。自慢できるほどではないが、地の精霊の祝福を受けている。


 とはいえ、精霊力が開花したと豪語できるほどではない。意中の女性との婚姻の際に有利になることも、妨げになることもない、日常生活でほんのちょっと役立つもの。


 地面を通して、近親者が激しく感情を揺さぶられたことを感じ取れる能力だ。


 そしてこの揺れは、エイリットにとって一番身近な存在──イクセルの感情だ。


「兄上、怒り狂ってるな……コレ」


 イクセルは自分の懐に入れた者にはとことん甘いが、それ以外の者に対しては無慈悲で冷酷だ。言い換えると、あまり感情が動かない。


 出来の悪い部下には、呆れと苛立ちの感情は持つけれど、怒りを覚えることはほとんどない。


 なぜならイクセルにとって部下は、出来が良かろうが悪かろうが、大切な存在だからだ。


 そんなイクセルが、地面を通してはっきりわかるほど怒りを露わにしている。


「フェリシア様……何をしでかしたんじゃ……」


 イクセルが人生の大半を、フェリシアに捧げてきたことをエイリットは知っている。氷のようなイクセルの感情を動かせるのは、フェリシアだけだということも。


 慰労会開始時刻ギリギリまで執務室で身支度を整えていたイクセルの姿を、エイリットは思い出す。


 エイリットの目には警護服なんてぶっちゃけどれも一緒に見えるが、イクセルは違うようで「これじゃない」「こっちでもない」とブツブツ言いながら何度も着替えていた。


 その姿はデビュタントを飾る乙女みたいで、若干気持ち悪かった。


 とはいえ日頃、目にすることがないウキウキとしたイクセルを見ることができて、嬉しくもあった。


 自分が置かれた状況も忘れ、頑張れ!と心の中でエールを送ったエイリットは間違いなくお兄ちゃん子である。


 でも、イクセルの頑張りは無駄になってしまったようだ。一体、どうして?


 憎悪と執着と嘘にまみれた家庭で育ったエイリットだからわかる。フェリシアは無自覚にイクセルを翻弄するが、悪意を持って傷つけるような真似はしない。


 それにイクセルがフェリシアに向けて、殺意に近い怒りを持つわけがない。


「っ……!まさか……」


 そこまで考えて、エイリットは口元に手を当てた。


 自分の予想が外れて欲しいと願うが、おそらくフェリシアの身に何かあったのだろう。そして、フェリシアを憎む相手はものすごく身近な人物しかいない。


「くそっ、なんだよ!最悪じゃんか!!」


 母親であるリリーシェが、自分を次期当主にしたがっているのはわかっていた。だからイクセルとフェリシアが婚約することを全力で反対していた。


 しかしエイリットは、アベンス家の当主になんかなりたくない。望んでいるのは、ディオーナの家に婿入りすることだ。これはマズい。


 エイリットはイクセルと違って、家族を愛している。家族だんらんを望むわけではないが、それでも誰かが欠けるのは嫌だ。


「兄上に、伝えなきゃ」


 最悪な状況を打破するカギは、自分しか知らない。


 舌打ちをしながら懐中時計を懐にしまったエイリットは、イクセルの元に全速力で駆け出した。

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