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「お、お父様……どうか怒らずに聞いてくださいませ」

「もちろんだ」

「じ、実は……わたくし……」

「ああ」


 オリディオが深く、優く、頷いたと同時に、フェリシアは拳を口元に当てて顔を上げた。


「あのお方の妻になるのが怖くなってしまったんですっ」


 うるるんっと涙をにじませてオリディオに訴える。前世の29歳の自分がやったなら死にたくなるが、18歳の美少女がやれば絶大な効力を発揮する。


 その証拠にオリディオは怒るどころか、涙目になり「そうか、そうだったのか」とあっさり納得し始めた。


(よし!このまま一気に畳みかけますわ)


 おおよそ貴族令嬢とは思えない発言を心の中でかましたフェリシアは、瞬きを気合で止めて思いついたままを口にする。


「イクセル様のことをお慕いしていたのは事実です……ですが、いざお見合いの場で彼と向き合った途端、自分がアベンス家の女当主としての力量がないことに気づいてしまったのです。わたくし四大家門の娘でありながら精霊力は全く使えませんし、あの大きな家を取り仕切るなんて……とても、とても……」


 四大家門──それは地・水・風・火の四大元素を自由自在に扱える力をもつ貴族のこと。


 建国時に国王に忠誠を誓った4人が精霊の祝福を受けたのが始まりらしいけれど、300年以上も前の出来事なので真相は定かではない。とにかく使える。


 地のアベンス。水のウレフ。風のセーデル。火のヨーシャ。


 平民ですら知っている祝福の力は、ここラスタン国の支柱である。しかし受け継ぐ度に力が弱まっている現状だ。


 かつては戦で、突風で何百という兵を吹き飛ばし、指ぱっちんで遥か遠くの雨雲すら呼び寄せることができた風の精霊力だが、当主であるオリディオすら本気を出しても本の雪崩を起こすことがせいぜいで、フレードリクに至っては精霊力を使うところを見たことすらない。


 土の精霊力を持つイクセルは、どうなのだろうか。剣の腕前は国一番と称されてはいるけれど、それについての噂は一度も耳にしていない。


 精霊力が開花した者は、一つの家門に力が集中する危険性があるので四大家門との婚姻はタブーとされているから、きっと自分やフレードリクと同じように開花すらしていないのだろう。


 そんなことを一瞬考えてみたフェリシアだが、すぐに己のミッションを果たすべく顔をくしゃりと歪める。タイミング良くずっと瞬きを堪えていたおかげで、両目からポロポロと涙が零れ落ちた。


「お、お父様……本当にごめんなさいっ。わ、わたくしの……浅はかな考えで、ご迷惑をおかけして……うっううっ」


 しゃがみ込んで泣き真似をしようとしたら、本気の涙が溢れてきた。


 前世でも今世でも男を見る目がとことんない自分が憐れで情けなくて、もうこんな思いをするなら一生恋なんてしたくないと本気で思う。


「泣かないでくれ、フェリシア。いいんだ。あとは儂に任せなさい」

「そうだ、シア。お前が思い詰める必要なんてないんだ。俺もこの件が騒動にならぬよう手を尽くす。だから泣き止んでくれ、な?」

 

 シクシクからワンワンとガチ泣きになったフェリシアをオリディオとフレードリクが優しく抱きしめる。

 

 事情なんて何も知らないのに無条件に包みこんでくれる父と兄に罪悪感を覚えつつも、フェリシアはこれでイクセルとの縁談は完全に消えたことにほっと胸をなでおろす。


(お父様、お兄様、最低なわたくしをどうかお許しになって)


 心の中で謝罪を終えたフェリシアは、涙を拭いながら顔を上げる。残るは最後の仕上げのみ。


「あ、ありがとうございます……お父様、お兄様。ですが、お二人に全てをお任せするなんて、わたくし申し訳なくて。とても胸が苦しいです」

「何を言ってるんだ!?申し訳ないなんて、他人行儀なことを言うでない!儂の胸が苦しくなるっ」

「父上の言うとおりだ。俺はむしろ喜んでいるんだから、お前はこの件は一日も早く忘れて穏やかに過ごして──」

「いいえ、それはできませんわ」


 フレードリクの説得をスパッと遮ったフェリシアは、静かに立ち上がる。


 釣られるようにオリディオとフレードリクも立ち上がったが、二人の表情は困惑の色が隠せない。 


 そんな二人にフェリシアは、背筋をピンと伸ばしてこう告げた。


「わたくし今シーズンの社交界の行事は自粛させていただきます」

「なっ!」

「なんだって!?」


 悲鳴にも近い声を上げるオリディオとフレードリクは、まるでシアが孤島の修道女になると宣言されたかのようだった。


「ま、待て……落ち着きなさい、フェリシア。妙齢の女性が社交界の行事に参加しなければどうなるかわかっているのかっ」


 蒼白になるオリディオにフェリシアはこくりと頷く。


「もちろんでございます」


 ラスタン国の貴族は夏から秋までの短い期間、首都ルントに集まり交流を深める。そこには政治的な駆け引きもあるが、妙齢の女性にとって結婚相手を探す重要な場でもある。


 この時期に社交界の行事に参加しないということは、結婚する気がないと判断されても仕方がないことだし、根も葉もない噂話が広がったとて文句を言う権利もない。全て欠席した側に非があるとされてしまう。 


 だから貴族名鑑に名を連ねる人々は、持病を抱えていても、足の骨が折れていようとも死ぬ気で参加する。横のつながりを何よりも大切にする貴族にとって、悪い噂は命取りになるからだ。


 セーデル家は四大家門の一つであり、常に中立の立場を貫いてきた無害な名家である。しかしラスタン国全ての貴族に好意を持たれているわけではない。


 何かあれば足を引っ張ろうと悪巧みをする連中にとって、フェリシアが社交界行事を自粛することは自ら陥れてくださいと言っているようなものだ。


 そんな自虐行為を、オリディオとフレードリクが認めるはずはない。


「い、いかん!それだけは駄目だ!!」

「そうだ、シア。たかだかアベンス家との縁談に断りを入れただけじゃないか!お前が自ら傷つくような真似をする必要なんてない!」


 格上の名門貴族の顔に泥を塗った行為は、たかだかで済まされることではない。それに現在結婚する気がゼロ状態のフェリシアにとって、悪い噂が流れもそこまで傷つくことはない自信がある。


 とはいえ、それを口にしたところで、自分を溺愛する父と兄が納得してくれるわけがない。


 フェリシアが社交界行事を自粛するのは、アベンス家への最低限の礼儀とイクセルへの僅かな謝罪もあるけれど、一番の理由は前世と今世の失恋の傷を癒したいからである。要は一人っきりになって気持ちの整理をしたいのだ。


(……うーん、困ったなぁ)

 

 年頃になってもフェリシアは家族に干渉されることを嫌がらず、隠し事もしない。あけすけに何でも語るわけではないけれど、やましいことをしていないので聞かれれば素直に答える良い子だ。


 前世の記憶が戻ったからといって、これまでの性格が変わったわけではない。語れるものなら、包み隠さず父と兄に伝えたい。


 しかしそうしてしまえば、自分は別の意味で父と兄に心配をかけてしまうだろう。最悪、国中の医者がセーデル家に呼び寄せられてしまう。


 自分の部屋の前で医者が列を作る光景を想像したフェリシアは心の中で悲鳴をあげる。もう、ここは妥協するしかない。


「それでは……2か月の間、自粛させていただきます。残りの2か月は、きちんと行事に参加いたします」


 最大限に譲歩した妥協案だったが、オリディオとフレードリクはまだ渋い顔をする。


「いけませんか?アベンス家の面子を立てつつ、あらぬ噂を立てられないようにするには、妥当な期間だと思いますけれど」

「うーむ……しかしなぁ」

「俺も父上に同感だ。二か月は長すぎる」

「ですが、お父様とお兄様がわたくしの不祥事の後始末をしてくださっている最中、のうのうと社交界行事に参加できるほどの強い心をわたくしは持ち合わせておりません」


 多少は納得できたが、この説得では決め手に欠けるようでまだ頷いてくれない。この際、本日二度目の泣き脅しを使うしかないか。


 焦るフェリシアは、最終兵器を出すために瞬きを我慢し始めたその時、救世主が現れた。


「お取込み中、失礼します」

「ご主人様、ご無礼をお許しくださいませ」


 ノックもなく扉が開き、若い男女がオリディオの執務室に足を踏み入れた。

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