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悩みに悩んだ挙句、ニドラには異国の花を模した髪飾りを。そしてモネには、滋養のあるお茶を選んだ。
同じデザインだけど色違いの万年筆も二本買った。これはエイリットとディオーナへの贈り物だ。好きな人とお揃いなら、エイリットは間違いなく喜んで使ってくれるだろう。
お節介かもしれないが、口下手すぎるエイリットを見ていると、これくらいのことはしてあげたくなる。ディオーナには、大陸語の嘘をついてしまったお詫びということで。
「買い物は終わりかな?」
邪魔することなく、ずっと傍にいてくれたイクセルから問われ、フェリシアは大きく頷いた。
「ええ。とても満足だわ。でも、随分時間をいただいてしまって……ごめんなさい」
「いや。さっきも言ったが、謝る必要なんてない。私は私で、楽しんでいるのだから」
「そう?そうならいいんですが……」
イクセルが楽しいと言っているのだから、それでいいはずなのに、やっぱり不安になってしまう。
窺うような表情を見せるフェリシアに、イクセルは「ならば」と言って、こんな提案をした。
「実は気になっている屋台があったんだ。良かったら付き合ってくれないか?」
「もちろんですわ!」
二つ返事で頷いたフェリシアの手をギュッと握り直して、イクセルはお目当ての屋台へ歩き出した。
「思ったより歩かせてしまったな。もうすぐだが、辛かったら言ってくれ」
「ふふっ、これくらい平気。まだまだ歩けますわ」
「頼もしい限りだな。貴女の気遣いは才能だな」
「あら、褒めるのが上手だこと。貴方は部下を褒めて伸ばすタイプなのね。ふふっ」
「……もしそうなら、ラルフは失敗例だな」
「あ、えっと……彼はまだまだ伸びしろがあると思いますわ」
「私もそう願いたい」
そんな取り留めのない会話は、イクセルの深いため息で締めくくられたが、フェリシアはクスクスと笑う。
上官の苦労を間近で感じたというのに、笑ってしまうのは失礼だとわかっている。でも、こんなやりとりですら、フェリシアは心が弾んで仕方がない。
楽しい時間は、早く過ぎてしまう。さっきまで頭上にいた太陽は、気づけば随分と西に傾いている。
(夜まで、一緒に過ごしたい)
デートという体を装ってはいるが、イクセルは仕事中だ。祭りの本番は夜からだから、わがままを言ってしまえば、仕事に支障をきたすだろう。
なんだかんだ言って彼は優しいから「いいよ」と言ってくれるかもしれないが、本音を隠して付き合ってくれる姿を見たくはない。
今、寂しいと思っているのは、きっと自分だけ。勘違いしそうになってしまうイクセルの言動は、全て街に溶け込むための演技だろう。
その現実に気づいた途端、浮かれ気分はしぼみ、足も止まってしまう。
「ん?やっぱり、疲れてしまったか。すまない。どこかで休もう」
「い、いえ……そうじゃなくて……」
「もしかしてお腹が空いたのか?」
「違います」
「なら……っ!?くそっ、最悪だ!」
労わる口調から一変して、これ以上ないほど嫌な顔になったイクセルは、乱暴にフェリシアの手を引き、路地裏に入る。
「あ、あの──」
「しっ!黙っててくれ」
ただならぬ様子のイクセルに、フェリシアは言葉を失い、状況がわからないまま口を閉じる。
一つだけわかるのは、イクセルを怒らせてしまったことだけ。青ざめるフェリシアだが、次の瞬間、彼がどうしてこんな行動に出たのかわかった。
「あっれぇー?今、イクセルがいたような気がしたんだけどなぁー」
裏路地の向こうから、青年の困惑した声が聞こえた。この声は聞き覚えがある。水の精霊力を扱う、ウルフ家の嫡男リアンドで間違いない。
間違いはないが、どうして彼がここにいるのかはわからない。
ウルフ家は、あらゆる災害の救助活動を行う組織──前世の世界でいう消防隊を総括している四大家門の一つだ。
リアンドは19歳。ウルフ家の後継者で、未だ結婚相手も決まっていない状態だから、社交シーズン真っ只中の今、王都にいなければならないはずなのに。
口を閉じたまま困惑するフェリシアの耳に、またしても聞き覚えのある女性の声が響く。
「気がしたじゃないわ!このお馬鹿!見失うなんて、情けないっ。さっさとお探し!」
「えー、そう言われても……痛っ!アン!暴力は駄目だよ」
悲痛なリアンドの声に被さるように、「お黙り!」と一喝する美声の持ち主は、ラスタン国第一王女アンジェリカ。
彼女もまた……いや、彼女こそ王都にいるべき存在なのに、なぜ辺鄙な街にいるのだろう。
そう疑問に思ったけれど、すぐにわかった。
アンジェリカは王城を抜け出して、イクセルに会いに来たのだ。人の良いリアンドは、おそらく強制的にお供にさせられたのだろう。
どうして会いに来たかなど、考えなくてもわかる。若い女性が、若い男に会いに来る理由なんて一つしかないのだから。
(イクセル様が、慌てて身を隠すのも無理はないわ)
アンジェリカの縁談を避け、本命を口説くために、フェリシアはイクセルと仮初の婚約をしたのだ。絶対に、何が何でも見つかりたくはないだろう。
だから見つからないよう、精一杯協力する。でも、でも……
(くっつきすぎ!)
フェリシアは現在、壁とイクセルに挟まれた状態にある。
しかも、抱き込むように頭と背に手を添えられ、イクセルは顔を隠すために俯いていて──密着した状態で、見つめ合う形となってしまっている。
あまりに彼の顔が近すぎて、息の仕方すら、忘れてしまいそうだ。




