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前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!  作者: 当麻月菜
第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり

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 ラルフがお使いから戻ってくるまでに、フェリシアはイクセルから優先すべき書類がどれなのか、愛想を振りまき聞き出した。


「一体、どこでこんな技を覚えてくるのやら……」


 額を押さえてぼやくイクセルだが、しぶしぶフェリシアの質問に答えてくれた。


 イクセル曰く、最優先しなければならない書類は、直近ひと月分の事件報告書。次にスセルの砦以外から届いた日報。予算関係については、破り捨てても構わないとのこと。


 さすがにそれはできないので、フェリシアは木箱を抱えて戻ってきたラルフに、予算関係の書類を抜き出すように指示を出す。


 それからしばらくカサカサと、紙を扱う音だけが執務室に響いた。


「──隊長、発言の許可をお願いします!」


 床とソファの上に積み上げられていた書類が仕分けされ、更に仕事がしやすくなった頃、床にしゃがんで木箱にせっせと書類を積めていたラルフが不意に挙手をした。  


「許可しよう」


 イクセルが書類に目を通したまま雑な返事をすれば、ラルフは作業をしている手を止め立ち上がった。


「自分、腹が減ったであります!」

「は?」

「え?」

 

 フェリシアとイクセルが同時に間の抜けた声を出した瞬間、ラルフの切なげな腹の音が鳴った。


 フェリシアは壁時計に目をやる。時刻はお昼の時間を過ぎている。


「まぁ、こんなに時間が過ぎていたなんて……ごめんなさい、ラルフ殿」

「い、いえっ。とんでもないです!自分の腹がヘタレだっただけであります!」

「間違いない。ラルフ、その不要になった書類を食べて腹を満たせ」

「はっ」


 敬礼をしたラルフは、躊躇なく処分用の書類が入った木箱に手を伸ばす。


「だ、駄目です!いけませんっ、そんなものを召し上がったら──」

「冗談だよ。な?ラルフ」

「はっ」


 ピタリと手を止めてくれたラルフにほっとしつつ、フェリシアはイクセルを軽くにらむ。


「貴方がおっしゃると冗談には聞こえませんわ」

「そうかい?まだ私を理解してくれないなんて、寂しいね」

「一生、理解したくありませんわ」


 まったくもう、と肩をすくめたフェリシアはラルフに視線を向ける。


「ラルフ殿、どうぞ昼食を召し上がってきてくださいませ」

「はっ。しかし自分だけいただくのは気が引けます。食堂のさして美味くない食事でよろしければお持ちしますが?」

「んー……そうしよう……かしら?」


 書類の片付けが長引くと判断してからすぐに、ディオーラとエイリットには、今日は昼食を一緒にとれない旨は、ニドラを通して伝えてある。


 だから作業効率を考えるなら、ここで昼食を食べるべきだ。しかしこの部屋にはイクセルがいる。


「あの……イクセル様、お昼はどうなさいます?」

「貴女が食べるなら、いただきますよ」


 言外に、婚約者を差し置いて自分だけ食べるなんてとんでもないと、イクセルは言っている。違う、そうじゃなくって!


「どこで食べるかって、訊いておりますの」

「貴女の隣なら、どこでも」


 さらりと気障なセリフをイクセルが紡いだ途端、ラルフは「ごちそうさまっす!」と腰を折る。少し黙っててほしい。


「わたくしはここで昼食をいただこうと思ってましたが、貴方の執務室を悪く言うのは申し訳ないですが、ここ……かなり汚いですわよ?」

「ははっ、本当に悪く言ってくれたな。捜査時はもっと汚い場所で食事をとるんだ。別にかまわない」

「そ、そうですか」


 頭の中ではイクセルが率先して捜査にあたる警護隊隊長だとわかっていても、キラキラ容姿の彼が磨き上げられたダイニング以外で食事を取る光景は想像できない。


「貴女こそ、いいのかい?こんな汚い場所で」

「ええ。問題ないですわ」

「……ふぅん」


 深く考えずに頷くと、不思議そうな、納得できないような、探る視線をイクセルから向けられ、フェリシアは目をそらす。


 父と兄に過保護過ぎるくらい大切に育てられたフェリシアは、いつでも清潔に整えられた環境で過ごしてきた。人の目を気にせず溺愛されてきた自覚があるから、イクセルが今の発言に違和感を覚えるのも無理はない。


 しかしフェリシアは、持て余しているやる気と元気で書類を片づけたい。そのためには前世の井上莉子モードでいる必要がある。


「ではラルフ殿、申し訳ないんですが食事を終えてからで結構ですので、食堂から昼食を二人分運んでいただけますか?できればわたくし、キリがいいところまで進めたいの」

「もちろんっす。ってか、隊長より先に食べるなんてとんでもない。すぐに運ばせていただきます!」

「そう?お腹が空いてるのにごめんなさい。でも、助かるわ」


 イクセルの視線を感じつつ、それを無視してフェリシアはラルフにニッコリと微笑む。


「では、自分は一旦失礼します!」

「ええ。よろしくお願いしますわ」


 再び敬礼したラルフは、駆け足で食堂へと向かった。


 ラルフの地響きのような足音が遠ざかり、イクセルと二人っきりになってしまったことを否が応でも自覚させられる。


「えっと……お食事が届くまでに、こちらを片づけますわね」


 気まずさからイクセルの顔を見れず、フェリシアはテーブルの上にまだ残っている書類の束を、空いているチェストに移動させる。


 その間、ずっとイクセルは黙ったまま。でも書類を捌いている様子はない。


(うわぁー観察されちゃってるわ、困ったなぁ……ん?)


 一昨日みたいに馬鹿な子のふりをしてこの場をやり過ごそうか。それとも完全無視を決め込むか。悩みながら書類を移動させていたフェリシアの手が、ピタリと止まった。


 抱えた書類の一番上に、気になる見出しの報告書があった。


【ヨーシャ家長女リエンヌ誘拐殺害事件における、その後の調査について】


 ヨーシャ家長女リエンヌ誘拐殺害事件──それは今をさること10年前、火の精霊力を受け継ぐヨーシャ家の令嬢リエンヌが、異国の部族に誘拐され殺害された痛ましい事件のこと。


 誘拐目的はヨーシャ家の火の精霊力を得るため誘拐し、部族の男と強引に結婚させ跡継ぎをつくるため。国中の警備隊と騎士隊がリエンヌの捜索をしたけれど、その甲斐なくリエンヌは遺体となって発見されてしまった。


 フェリシアとリエンヌは、年も離れていたのもあり、数えるほどしか会う機会がなかった。友達と呼べるほど仲が良かったわけではなけれど、フェリシアの記憶に残るリエンヌは、とても美しく優しい女性だった。


 四大家門の一人であるフェリシアは、事件当時は8歳。幼かったけれど、当時のことをよく覚えている。


 まだ存命だった母はフェリシアを泣いて抱きしめ、父と兄は屋敷の警護を異常なほど厳しくした。そして父と兄が輪にかけて過保護になったのも、あの頃からだ。


 とはいえ犯人は既に捕まり、見せしめとして部族を全員処刑したのもあって、その後、そういう類の事件は耳にしていない。数年は不安な日々を過ごしていたが、今では怯える必要はもうないと、フェリシアは安心しきっていた。

 

 しかしこの事件は、まだ終わっていなかったようだ。

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