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前世の私が邪魔して、今世の貴方を好きにはなれません!  作者: 当麻月菜
第2章 前世の私の過ちと、今世の貴方のぬくもり

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 イクセルと期間限定の婚約者となった3日後、フェリシアは自室の文机に突っ伏して頭を抱えていた。


「とうとう……呼び出しが来てしまったわ」


 午後の日差しが差し込む文机の上には、若草色の封筒に入った手紙が置いてある。


 差出人はイクセルで、明日、別荘に警護隊の馬車を送るので砦に遊びに来いという内容だった。


 これが本当の婚約者からなら、ウキウキルンルンな逢引のお誘いだ。でもフェリシアにとったら召集令状のようなもの。


(……い、行きたくない)


 家門を救うため、命を代価にイクセルと仮初の婚約者になったことは後悔していない。


 しかし前世と今世の失恋を癒すために王都から離れたというのに、どうして自分は今世の失恋相手に振り回されなければならないのだろうと嘆く気持ちは捨てられない。


 そんな気持ちを抱えながら、かれこれ1時間近く文机に突っ伏しているフェリシアを憐れに思ったニドラが、足音を立てずに近づくと、そっと耳元で囁いた。


「……シア様、許可をいただけるなら、今すぐにでもあの男から指輪を奪って参ります」


 我が身の危険を顧みずそんな提案をしてくれるニドラが侍女でいてくれることは、神様からの最高の贈り物だ。


 しかし契約術は、契約者の血液を与えた時点で心臓に刻まれる。だから指輪を奪おうが、宝石を破壊しようが意味がない。むしろ契約不履行で命が消える。


「……ありがとう。でも気持ちだけ受け取るわ」


 弱々しく微笑んだフェリシアは、不満げな表情を浮かべているニドラに問いかける。


「あのね、一応確認だけれどこの件は、お父様たちには報せてないわよね?」

「はい。今すぐにでもお伝えしたい衝動に駆られていますが、何とか堪えております」

「ファイトよ、ニドラ。貴女はやればできる子だから、まだまだ耐えることができるはずよ。ちなみにニドラのお母様……モネはどんな感じ?」

「……母は何となくわかっている様子です。ですがシア様が内緒にしてとおっしゃるなら、たとえ生爪を剥がされようとも口を開くことはないでしょう」

「たとえが危険すぎますわっ」


 病弱なニドラの母親であるモネが拷問を受ける光景を否が応でも想像させられ、フェリシアは涙目になる。


 モネが病弱になったのは、フェリシアの母親と同じ流行り病を患ったせいだ。母親を亡くした悲しみは今でもフェリシアの心の大事な部分を黒く塗りつぶしている。


 しかしかつてフェリシアの乳母だったモネが、病の淵から戻って来てくれたことは純粋に嬉しい。


「お願い。どうかモネには、わたくしが別荘にいる間は一歩も外に出ては駄目。それと訪問者が来ても対応しないように伝えておいて」

「かしこまりました」


 慇懃に腰を折ったニドラだが「逃げるのは恥だが役に立つ」と窓に目を向けながら異国のことわざを呟く。なんて素敵な響きなのだろう。 


 でもフェリシアは、どんなに悪あがきをしたところで契約期間を満了しなければ死ぬ運命だ。なら嘆くのは今日で終わりにして、明日からは腹を括ってイクセルの婚約者を演じよう。


「ねえ、ニドラ。確か貯蔵庫にワインがあったわよね?今日は特別にちょっとだけそれを飲んでもいいかしら?」

「は?駄目に決まってるでしょ」


 素の口調になったニドラから、どれだけおねだりしても飲酒は無理だということをフェリシアは悟った。


(ああ……酔いたい)


 酒の力を借りなきゃ明日から頑張れないこの心境、前世の井上莉子なら力説できるが、18歳のフェリシアではどう説明していいのかわからない。


「あ、諦めますわ。ならせめて、今日のディナーはお肉にしてちょうだい。血が滴るジューシーなやつをお願いね」


 アルコールが駄目なら、スタミナをつけよう。


 その後、明日から頑張るために肉を頬張るフェリシアを、シェフ兼給仕は「料理のし甲斐がある!」と小躍りしながら見つめていた。




 ──翌朝。


 胃もたれするほど肉を食べたフェリシアは、動きやすい木綿のドレスに身を包み、別荘のポーチで馬車の到着を待っていた。


 見上げれば、どこまでも続く青い空。絶好のお出かけ日和ではあるが、フェリシアの心の中は曇天だ。


「ニドラ。本当に付いてきてくれるの?モネとの時間を奪ってしまって申し訳ないわ」

「何を水臭いことを。私はシア様の侍女です。侍女が主人の供をするのは当たり前ではないですか」

「……今日は何だかその言葉が異常に胸に染みるわ」


 涙を浮かべてニドラに微笑めば、侍女は無言でハンカチを取り出し目元を拭ってくれた。


 前回はイクセルに気圧されてニドラをテラスから追い出してしまったが、今日は誰が何と言おうとも、絶対に彼女を傍に置く。


 そう決心しているフェリシアだが、イクセルが嫌な顔をするのではないかと不安も抱えている。


 フェリシアが住まうラスタン国では、貴族令嬢が侍女を連れて異性に会いに行くのは一般常識だ。


 だから貴族中の貴族であるイクセルが、嫌な顔をするわけがない。そう頭ではわかっているのだが、彼と話をしているとこれまで当たり前だった常識がグラグラ揺れる感覚を覚えてしまう。


(しっかりしなさい! わたくし)


 フェリシアが自分に活を入れたと同時に、別荘の外門が開き、騎乗した警護隊に引率され馬車が到着した。


「は、はじめまして!自分、イクセル隊長の部下のラルフっす!今日は、雨が降ろうが、槍が降ろうが、魔獣が襲って来ようがフェリシア嬢に傷一つ付けることなく砦に送り届けますので安心してください!」


 不安を煽る赤髪警護隊の自己紹介に、フェリシアとニドラは互いに顔を見合わせる。


 兄のフレードリクに系統は似ているが、それより顔は怖いし、個性も強そうだ。本当に彼は警護隊なのかと不安がよぎる。

 

「失礼を承知でお伺いいたしますが、ラルフ様は本当に警護隊のお方なのでしょうか?」


 前置きはしたが相当失礼なニドラからの質問に気を悪くすることなく、ラルフは制服の上着から書簡を取り出した。


「やっぱ、そう訊かれちゃいましたか。ははっ、いやぁー良く疑われるんすよ。あ、これどうぞ」

 

 手渡された書簡にはイクセルの直筆で、要約すると「変な男だが間違いなく警護隊の一員だ」という内容が書かれていた。


 どうしてこんな男を迎えに寄こしたのだろう。警護隊は人手不足なのだろうか。


 そんな疑問が頭をよぎったが、ニドラも連れていくことにラルフはあっさり了承してくれたので、フェリシアは余計なことは尋ねずに馬車に乗り込んだ。

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