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53話・キャトリンヌの警戒


 始めはとっつきにくさのようなものが感じられた薬師長だったが、エトワルの一件からか、学園で顔を合わせると気軽に挨拶をしてもらえるようになっていた。


「薬師長さま。この間のことはもう気にしていません。もう終わったことですから。こちらはわたしの──」

「うちのジネベラがお世話になっております。私はジネベラの母方の祖母の妹のキャトリンヌ・コナッツと申します」


 先代オロール公爵に問われ、キャトリンヌを紹介しようとしたジネベラだったが、その声に被せるようにキャトリンヌが自己紹介をした。それに応えるように先代公爵も名乗っていた。


「ユベールだ。ジネベラ嬢には、孫のアンジェリーヌが親しくしてもらっている。今後も宜しく頼む」


 先代オロール公爵の名前を、知らなかったジネベラは首を傾げた。どこかで聞いたような気がしたのだ。初めて聞く名前ではないような気がした。

 キャトリンヌは一度、婚姻したが三年で離婚し、実家に出戻ったので、現在は実家のコナッツ子爵家に籍を置いており、そう名乗っていた。


 アンジェリーヌは、キャトリンヌの名前を聞いて絶句し、恐る恐る確認してきた。


「ベラの大叔母さまって、薬師のキャトリンヌ・コナッツさま?」

「そうよ。アンジェ。叔母さまのことを知っているの?」


 アンジェリーヌの問いに肯定すると、彼女は「きゃあっ」と、悲鳴に近い声を上げた。


「勿論よ。美容に興味がある人なら誰でも知っているわ。キャトリンヌさまは美容薬師として有名じゃない。もしかしてベラの肌がツルツルなのは、ひょっとしてキャトリンヌさまが作られた化粧品を使用しているからじゃないの?」


 キャトリンヌは、ジネベラが思うよりも世間一般では有名だったようだ。


「キャトリンヌさま。握手して下さい」

「これこれ。止しなさい。アンジェ。はしたない」

「だってお祖父さま。あのキャトリンヌさまですよ。各国を飛び回っている女性実業家ですよ。この機会を逃したらいつ会えるか分からないわ」


 目を輝かせてキャトリンヌに向かって手を差し出したアンジェリーヌに、先代オロール公爵ユベールは苦笑を漏らした。


「あなたがアンちゃんね。ベラから話はよく聞いているわ。握手、私は構いませんよ」

「ベラから話を? 光栄です」


 アンジェリーヌは、キャトリンヌに握手してもらい大喜びした。さらに胸にその手を当てて興奮している。


「きゃあああ。嬉しい。もう二度とこの手は洗わないわ」

「アンジェ。叔母さまのことが好きなの?」

「キャトリンヌさまはわたしの憧れの人よ。大ファンなの。まさかベラの大叔母さまだなんて知らなかった。早く言ってよ」


「そんなに叔母さまのことが好きなら、うちにまた遊びに来れば? しばらく叔母さまは我が家に滞在しているから。ねぇ、叔母さま」


「ええ。ベラのお友達なら大歓迎よ」

「本当ですか? お祖父さま、宜しいかしら?」

「ジネベラ嬢のお宅なら構わないだろう。あちらにあまり迷惑をかけないようにな」

「はい。お祖父さま」


 ニコニコするアンジェリーヌに、ユベールは呆れたような目を向けたが、金の懐中時計を懐から取り出すと、アンジェリーヌを急かした。それをキャトリンヌが凝視している。


「そろそろ行かないと。アンジェ。おまえの見たがっていた観劇が始まるぞ」

「お祖父さま。もう、そんな時間? アンジェ。じゃあ、またね。キャトリンヌさま、失礼致します」


 アンジェリーヌ達は、王都中央劇場で行われている観劇を見る予定で来ていたらしい。劇場前には馬車を止める場所がない。少し離れた場所に、馬車止めの為の広場があるので、そちらで馬車を降りて歩いて劇場に向かっていたようだった。


「さあて。私達も帰りましょうか?」


 ユベールを警戒するように見ていたキャトリンヌは、二人が立ち去るのを見届けた後、ジネベラを促し歩き出した。


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