⑨⑧
「あの……皇女様、夕食はいかがなさいましょう?」
「夕食……?」
食べ物の好みを聞いているのかと思い、キャンディスが「美肌にいいものを!」と、言おうとした時だった。
「皇帝陛下とお過ごしになるのはいかがでしょうか?」
「──ッ!?」
お茶の時間ならまだしも一緒に夕食を食べるとは、どういうことだろうか。
バイオレット宮殿はニコニコと笑みを浮かべている。
(この侍女たち……わたくしを殺す気なの!?)
いつもはケーキやクッキーなど甘いものばかりだが、バイオレット宮殿のシェフたちが作る食事を楽しみにしていた。
各国の要人たちをもてなすのはバイオレット宮殿だ。
重要なパーティーなどはいつもここのシェフたちが中心になっている。
最近になり、やっと慣れてきてお茶ができるようになったのに一緒に食事となれば砂の味がするだろう。
キャンディスが警戒していると、侍女たちはコソリと耳打ちするように呟く。
「それに一週間もここにいらっしゃるのですから、ご一緒になる機会も多いと思いますわ」
「……!?」
「皇帝陛下がお喜びになりますから」
「そ、そうなのかしら……?」
「「「そうに決まっております!」」」
まんまとバイオレット宮殿の侍女たちに乗せられているとは知らずに、キャンディスは大きく頷いた。
「わかったわ。わたくし覚悟を決めるわ……!」
侍女たちが心の中でハイタッチをして全力でガッツポーズをしているとは知らずにキャンディスは粗相をしないようにと脳内でシミュレーションをするのだった。
一週間半後──。
キャンディスは嬉しそうなアルチュールと手を繋ぎながらホワイト宮殿へと帰っていく。
(つ、疲れたわ……何かしらこの疲労感)
全力でやりきった……そんな感覚だった。
バイオレット宮殿ではほぼ毎日、キャンディスとアルチュールのそばにはヴァロンタンの姿があった。
二日に一回はリュカも合流していたことで息抜きもできたが、アルチュールが部屋で休んでいる間もキャンディスが講師にレッスンがある間も何故かそばにいる。
毎日食事も一緒だったこともあり、最初は何の味もしなかった。
最終日はバイオレット宮殿の食事を思いきり楽しんでいたが、最後まで絶対に気を抜かずにいたのだ。
特にたくさん話したりとかはないが、同じ空間にいることが多かった。
半年前なら間違いなく気絶していたか体調を崩していたに違いない。
意外だったのはアルチュールが粗相をしたとしても咎めることも苛立つ様子もなかったことだ。
キャンディスの知っているヴァロンタンは冷徹で無表情。
子どもたちにまったく興味がなく、どうでもいいという態度でいたはずだった。
それもキャンディスだけに冷たかっただけかもしれないが、今は確かめる術もない。
夜、本を読みながら寝落ちしてしまったアルチュールのほっぺをむにむにしたかと思いきや、キャンディスの頬を突いてみたり謎の行動が多く戸惑うばかり。
じっと感じる視線に鋭さはなく、ただ見ているだけ。
興味はあるのかないのかまったくわからない。
ユーゴが「平和ですが仕事が遅れて私の仕事が増えますよ」と忙しそうに動き回っていた。
侍女たちにも「ずっとここにいてくださればいいのに……」と言われ、キャンディスは状況を掴めないままだ。
理由はわからないが、ヴァロンタンとの関係はよくなりつつあるのかもしれない。
最近、彼の態度を見ていてそう思うことも増えてきた。
(だってよだれや鼻水をつけても殺されなかったもの……!)
このままいけばもしかしたらキャンディスが愛される未来があるかもしれない……そう頭によぎったがすぐに首を横に振る。
(もうお父様に愛さることは諦めるのよ! わたくしは強く生きていくのだから)
キャンディスは前向きだった。
それもこうしてアルチュールたちがそばにいてくれるからだ。
バイオレット宮殿の侍女たちはキャンディスに「行かないでください、キャンディス皇女様っ」と、泣きながら言っていたことを思い出す。
彼女たちと過ごす日々も楽しかったというより快適すぎて怖いくらいだ。
エヴァとローズのポンコツ具合が懐かしくなるくらいだ。
ホワイト宮殿に帰るとキャンディスを迎えてくれたのはシェフたちとエヴァとローズだった。
「エヴァ、ローズ……!」
「「……キャンディス皇女様っ!」」
キャンディスはエヴァとローズを思いきり抱きしめた。
彼女たちと離れている一週間がとても長く感じたのだ。
二人に再会できたことが嬉しく思えた。
エヴァとローズは母親と会えたことがとても嬉しかったのだと教えてくれた。
貴族ではなくなってしまったが、皆で支えながら生きているそうだ。
今は母親も働く場所も見つけて安定した生活を送っている。
元貴族なだけあり、今でも役立つことがあるらしい。
キャンディスのことを話すと、妹たちもキラキラした目でキャンディスに仕えたいと話したそうだ。
エヴァとローズはキャンディスに休暇を与えてくれたことを感謝してくれていた。




