⑨⑥
二人の言う通り、キャンディスはリボンで髪をアレンジしてもらう。
侍女からのプレゼントだというと、バイオレット宮殿の侍女たちは何故か「うらやましいですわ」と言っている。
今日はリボンを使った編み込みをしてくれた。
ホワイトゴールドの髪にピンク色のリボンがよく映える。
いつもは高く二つに結って結び目にリボンを巻くのだが、こんなアレンジもあるのかと感動していた。
「わぁー……!」
「お気に召しましたでしょうか?」
「えぇ、とても素敵! ありがとう」
キャンディスは鏡を見て興奮していた。
その様子を見ていたバイオレット宮殿の侍女たちはうっとりしながら喜んでいる。
どうやら彼女たちはキャンディスを着飾るのが楽しいようだ。
ドレスも何着もキャンディスに当てて色を選んでいる。
「このドレスは……?」
「…………へ?」
「キャンディス皇女様のために皇帝陛下が用意したものですわ」
「どれもとても可愛らしいですから! キャンディス皇女様が着用なさるのを楽しみにしております」
「な、なるほど……」
キャンディスはバイオレット宮殿に一週間半ほどしか滞在しない。
(お父様がわざわざわたくしにドレスを……? 信じられない)
キャンディスはどうしてこんなに待遇がいいのか考えつつも鏡を見ていると、部屋の隅に真っ黒なローブを被り顔が見えない人が立っている。
キャンディスが驚く中、バイオレット宮殿の侍女たちは平然としている。
「あの方は……?」
「キャンディス皇女様の専属の影……護衛の方だと聞いておりますわ」
「あとでユーゴ様からご説明があるかと思います」
ピクリとも動かない人物を見て、キャンディスは首を傾げた。
ユーゴ以外の影とはほとんど会話をしていないため、彼らのことはよくわからない。
いつの間にかキャンディスの前に並べられていくティーカップとお菓子。
あまりの手際のよさにギョッとしていたキャンディスだったが、紅茶を飲みながらソワソワとした気分を落ち着かせる。
「エヴァとローズは大丈夫かしら」
紅茶に映る自分の表情を見つめながら呟いた。
「ふふっ、キャンディス皇女様はお優しいのですね」
「そ、そんなんじゃないわ! うちの侍女はあなたたちと違って抜けていることがあるから心配しただけよっ」
和やかな雰囲気のまま過ごしていると……。
「キャンディス皇女様、楽しそうですね」
「ミャアアアッ!」
音もなく登場したのはユーゴである。
紅茶を噴き出さないように抑えたからか変な声が出てしまう。
バイオレット宮殿の侍女たちは慣れた様子だが、キャンディスにとっては驚きだった。
(心臓が口から飛び出るかと思ったわ……!)
キャンディスは毛を逆立てた猫のように警戒心を露わにする。
「ユーゴ、扉くらいノックしなさいよ!」
「しましたよ? モンファが開けてくれたからてっきり……」
「…………モンファ?」
ユーゴの視線が真っ黒なローブを被ってていた人物に視線を送る。
いつの間にか扉に移動していた。
どうやらモンファというのは、先ほどからここにいた護衛兼影のことらしい。
(こ、この子がわたくしの護衛なのね……!)
キャンディスがわくわくした気持ちで見ていると、ユーゴがローブを取るように言っている。
ローブを取ると、流れるような黒髪を高い位置で一つに結えた少女の姿があった。
ユーゴと同じシャツに真っ黒なズボンを履いている。
キャンディスは目を見張る。
「…………女の子?」
まさか自分にあてがわれたのが少女だと思わずに驚いていた。
歳を聞けばまだ十二歳だという。
キャンディスが死んだのは十六歳なので、それよりも幼いのに落ち着いている。
黒髪と黒目はユーゴとまったく同じだ。
彼女も影として働きながら腕を磨いているのだろう。
吊り目なモンファがキャンディスを睨みつけているが、気のせいだろうか。
(なんて生意気なのかしら……でも外に出るために我慢よ! 我慢っ!)
護衛がいなければキャンディスが自由に外に出られないというなら、頑張るしかないではないか。
以前のキャンディスなら睨みつけてきた時点ですぐに「クビにして!」と叫んでいただろうが、今回はそんなことはしない。
余裕をアピールするようにフンッと息を吐き出すと、モンファの眉がピクリと動く。
「モンファは腕は確かですが……まだ経験が浅くまだ未熟です」
「……!?」
「今回はお試しですね。女性の護衛はこの子しかいないんですねぇ」
ユーゴの声が低くなったような気がした。
彼の張り付けたような笑みが恐ろしく感じた。
モンファもその言葉に表情が強張っていく。
この二人にしかわからない事情があるのだろうか。
「ユーゴ、それって……」
「キャンディス皇女様、気に入らなければ私に報告してください。一応、監視の影はつけておりますから安心してくださいね」
「……え?」
ユーゴは珍しくキャンディスの言葉を遮るように言った。
まるで物のような扱いだ。恐ろしさを含む言葉に驚いてしまう。
「それでは、私は作業の途中なので失礼いたします」
「え、えぇ……」




