⑨④
「キャンディス皇女様! 遅かったので心配いたしました」
「ど、どうしたのですか!? お目元が腫れているような……」
エヴァは泣き続けたせいで腫れているキャンディさんの顔にすぐに気づいたようだ。
「色々とあったのよ……! 何から話せばいいのかしら」
エヴァとローズはいつもキャンディスを優しく抱きしめてくれる。
それよりもキャンディスはヴァロンタンからドレスを贈られたことを報告したくて仕方なかった。
「エヴァ、ローズ! 聞いてちょうだいっ」
「とりあえずはお部屋に戻りましょう!」
「アルチュール殿下とジャンヌさんも待っていますから」
「わかったわ!」
バイオレット宮殿の侍女たちの名残惜しそうな視線を感じるが、彼女たちと別れてホワイト宮殿の長い長い廊下をあるいていく。
早くドレスを見たいと部屋へと駆け込む。
そこにはアルチュールとジャンヌが待っていた。
アルチュールはキャンディスの腫れた顔を見て思うことがあったのだろうか。
「キャンディスお姉様、かなしいの? お顔がぱんぱんです」
その言葉にキャンディスは鏡台へと走る。
鏡に映る顔は腫れていてひどいことになっていた。
ジャンヌもエヴァとローズも心配そうにしている。
エヴァが冷やした布を持ってきてキャンディスの目元を冷やす。
アルチュールもキャンディスにピタリと張り付いて励まそうとしてくれているではないか。
「わたくしなら大丈夫よ、アルチュール」
目の前のテーブルにはアルチュールがくれた可愛らしい花が花瓶に生けてある。
エヴァとローズがやってくれたのだろうか。
可愛らしい花が枯れてしまうのは悲しいと思った。
「アルチュールがくれたこのお花、ずっととっておけたらいいのに……」
リュカからもらった本も、エヴァとローズからもらったリボンも、ヴァロンタンからもらったドレスもとっておけるのにこの花だけはどうにもならない。
「押し花にするのはどうでしょうか?」
「……押し花?」
ジャンヌの提案にキャンディスはぼんやりと押し花を思い浮かべる。
パッとしないのは地味だし、花に興味がなかったことも大きいだろうが押し花がどんなものかいまいちわからない。
「そうすればこのお花をとっておけるのかしら」
「えぇ、私もよくアルチュール殿下と作るのです」
「ぼく、おしばな得意だよ!」
「まぁ……! でしたらアルチュールに作ってもらおうかしら」
「うんっ、まかせて!」
キャンディスのために押し花を作りたいと主張するアルチュール。
天使すぎる彼にデレデレしつつ、キャンディスは頭を撫でる。
「そうだわ。ジャンヌ、アルチュールと一緒にバイオレット宮殿に来てちょうだい」
「私たちが……ですか?」
「えぇ、エヴァとローズが休暇をとっている間はバイオレット宮殿で過ごすようにお父様に言われたのよ」
エヴァとローズ、ジャンヌは目を見合わせつつも驚いている。
「エヴァとローズについていきたいといったら危険だからダメだと言われたわ。何度も何度も……どうしてかしら」
アルチュール以外の三人はあることを思っていた。
こんなに溺愛されているのに本人に自覚がないのは一体何故なのか、と。
ヴァロンタンは一番にキャンディスを気に入っており、こんなにも特別扱いをしている。
バイオレット宮殿からヴァロンタンがキャンディスに送ったというドレスは一目見ただけでかなり手が込んでいるとわかる。
金具にはディアガルド帝国の紋章が刻まれており、これ以上ないドレスといえる。
ラジヴィー公爵がこのことを知れば大喜びするだろう。
これだけでキャンディスへの愛情の大きさが見えるような気がした。
それなのにここに運んできた従者は『キャンディスがこれを気に入らなかったらしい。いらなければ捨ておけ』という皇帝のメッセージと共にこのドレスを持ってきた時はどうしようしと思った。
たしかに頭をぶつける前のキャンディスならまだしも、今のキャンディスがそんなことを言うなんて信じられなかった。
真実を確かめるキャンディスにドレスを見せると、キラキラと目を輝かせながらドレスを見ている。
アルチュールも「すごい!」と手を叩きながら喜んでいる。
「綺麗……」
「きれいですね!」
うっとりとドレスを見つめる姿を見ていると、とても気に入らなかったとは思えない。
ジャンヌとエヴァとローズは目を合わせて頷いていた。
「とても素敵なドレスですね!」
「えぇ……! こんな素晴らしいドレス、初めてだわ」
ヴァロンタンとキャンディスの間に何があったかは知らないが、この親子はいつもすれ違っている。
今回もそれが起こったのだろうと。
「大切な日に着ましょうね! そうですわ。三カ月後に開かれたディアガルド帝国の建国記念パーティーにどうでしょう?」
「……建国記念、パーティー?」
キャンディスの心臓がドクリと跳ねる。
それは十年後のその日、キャンディスがルイーズ以外の兄弟を皆殺しにしたからだ。
大量の血と肉を突き刺していく感触が蘇り、思わず後退りしてしまう。
「キャンディスお姉様……?」
「──ッ!?」