⑨② ヴァロンタンside2
「ユーゴ、何故キャンディスは泣いた?」
「皇帝陛下がキャンディス皇女様を豚鼻にして笑ったからでは?」
「…………」
ユーゴの淡々と発せられる言葉が地味に突き刺さる。
確かにあまりの不意打ちに噴き出すように笑ってしまったことはよくなかったのかもしれない。
けれど気の利いた言葉など思いつくはずもない。
すると、ユーゴが閃いたとでもいうように手のひらを叩く。
「わかりました!〝護衛〟じゃないでしょうか?」
「…………は?」
「キャンディス皇女様が泣きながら必死に伝えていたでしょう?」
ヴァロンタンはキャンディスの言葉を思い出す。
『お゛え゛い゛』
泣きながらだったが、確かに護衛に聞こえなくもない。
「お父様、護衛……キャンディス皇女様は途中で私の方を見ていましたし、話の流れを考えると護衛で間違いないのではないでしょうか?」
「…………護衛」
たしかにユーゴのような護衛がいたら、エヴァとローズについていけると思ったのかもしれない。
(……また攫われたらたまらない)
バイオレット宮殿にいればいいと言ったのも、休憩中にキャンディスがいると気が紛れる。
ふにふにの頬はソファにあるクッションよりも気持ちよく、小さな体が動き回るのを見るのは悪くない。
(だが、専属の護衛はいてもいいな……キャンディスには絶対に必要だ。マクソンスは別としてリュカはどうするか。キャンディスと常に一緒にいるアルチュールは検討だな)
考え込んでいると、ユーゴが楽しげに口を開く。
「つまりは、キャンディスは私のような優秀な護衛が欲しいのでは?」
にっこりと笑うユーゴにヴァロンタンは舌打ちをする。
ユーゴの言う通りなのが気に入らない。
「キャンディス皇女様は人を見る目が素晴らしいですね」
「……あ?」
「怒らないでくださいよ。要約すると〝お父様みたいに護衛が欲しい〟……つまりは皇帝陛下と同じがいいってことですよ!」
「…………!」
ヴァロンタンは気持ちよさそうに眠るキャンディスに視線を送る。
そういう意味なら悪くないではないか。
むしろ甘やかしてしまいたくなるのを最近は抑えるのが大変だ。
まさかあのキャンディスがドレスよりも護衛が欲しいというとは思わなかった。
(誘拐されかけたことが余程怖かったのだろうな……)
本人もそう望んでいるのなら丁度いい機会なのかもしれない。
「ユーゴ、護衛を用意しろ」
「私は構ませんが……さすがにラジヴィー公爵の許可は必要なのではないでしょうか?」
「形式上は伝えておく。それに今はそれどころではないだろう?」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
人選はユーゴに任せておけばいいだろう。
自分がまだキャンディスの背を撫でていることに気がついて手を止めた。
起こすべきタイミングがわからないのと、なんだかポカポカと温かさにこちらまで眠くなってくる。
「次の会議はキャンセルだ」
「はっ……!?」
「少しここで休む……」
「ちょっ……どう言い訳するんですか!? まさか私にやらせるつもりじゃないですよね? 起きてくださいってば……!」
ユーゴのギャーギャー叫ぶように文句を言っているが無視して瞼を閉じる。
そのまま眠気に任せたまま目を閉じた。