⑨⓪ ヴァロンタンside1
目元を真っ赤に腫らしてスヤスヤと寝息を立てるキャンディスに振り回されたヴァロンタンはぐったりしていた。
まさか誕生日プレゼントを上げて号泣されるとは夢にも思わなかったからだ。
ヴァロンタンは毎年、子どもたちへの誕生日プレゼントをあげていた。
もちろん直接ではないが、用意はさせていたというべきか。
マクソンスやリュカは欲しいものがあれば要望を叶えるという形だった。
アルチュールはジャンヌの意見を聞いて必要なものを用意していた。
キャンディスは宝石やアクセサリーを用意していたが身につけたことは一切ない。
キャンディスが気に入らなかったくらいにしか思っていなかった。
ユーゴからの報告によれば、やめていく侍女たちがキャンディスへの宝石やプレゼントを黙って盗んでからやめていくそうだ。
その中でヴァロンタンからの誕生日プレゼントも含まれていた。
だがキャンディスやラジヴィー公爵が何も言わない。
盗られていることがわからないだけかもしれないが、問題もなく興味がないならいいだろうと放置していた。
キャンディスはなんだって手に入る。自分からのプレゼントがあろうとなかろうと関係ないのだろう、と。
けれど今年は違った。
気が向いて仕立て屋を呼んで流行りを聞きつつキャンディスのためにドレスや靴、アクセサリーまでオーダーしていた。
最近ではシンプルな装いを好み、買い物を控えてアルチュールによく買っているのだという。
そのご褒美になればと思っていた。数カ月後には大きなパーティーがある。
その時に役立つだろうと思っていたのだが、まさか失敗に終わる。
(俺は……そんなにドレスのセンスが悪かったのか? もう少しシンプルなデザインの方がよかったのだろうか)
キャンディスに似合うように仕立てたつもりだったが、ドレスのことなどよくわからない。
一瞬、後宮に相談に行こうかと頭によぎるが、マクソンスの母親サマンサの顔が思い浮かび足を止めたのだ。
彼女はヴァロンタンを毛嫌いしている。
マリアは今、宮殿への出入りを禁じているが、予想外なのはリュカのあからさまな変化だ。
リュカはどんどんと活発になり、子どもらしい笑顔を見せるようになったことだ。
最近では三兄弟をお茶に呼ぶとペラペラと一番よく喋っている。
オドオドしていて目も合わなかったリュカとは真逆。
こちらの目を見て、しっかりと受け答えする姿を見ていると別人のようだ。
だが、マリアは教皇を通じてなんとかリュカに接触を試みている。
皇帝と教皇とは昔から激しく対立していた。
いい関係を築いていけたらとマリアを受け入れたが仮面が剥がれた瞬間、ヒステリックに叫ぶマリアは見ていられない。
けれどマリアをいつまでも無視しているわけにもいかない。
ヴァロンタンはバイオレット宮殿にリュカが来た際に『母親に会いたいか?』と問いかけたことがあった。
するとリュカはハッキリと『今は会いたくありません』と、まっすぐにこちらを見て答えたのだ。
その意思を伝えるとマリアは暴れて『そんなはずないわ!』と手がつけられなかったそうだ。
マリアはリュカにかなり依存しているらしい。
ラジヴィー公爵もリナを連れて新しく買った屋敷に急遽、移動したと聞いたがいつホワイト宮殿に顔を出すのかはわからない。
今はキャンディスを王位に押し上げるよりもリナのことが大切なように思える。
だからこそキャンディスには詳しいことは何も言えなかった。
ラジヴィー公爵がリナを守るために頑なだ。
王都から出て、影が直接及ばない場所までリナを運ぶとは予想外だった。
ユーゴは相当苛立っていた。
しかし今はキャンディスのために選んだ誕生日プレゼントを拒絶されたダメージが大きくて、他のことなどどうでもよく思えた。
「これをホワイト宮殿に運べ。キャンディスが気に入らないなら捨ててもいいと伝えろ」
「かしこまりました」
キャンディスの鼻水だらけのシャツは乾いてひどいありさまだ。
よだれよりも粘度が高く不快なのに不思議と怒る気にはなれない。
侍女たちもキャンディスが上半身にピタリと張り付いているため、着替えさせられずに困惑している。
ヴァロンタンはヒラリと手を振り、このままでいいとアピールする。
従者は丁寧にドレスを梱包しなおして去っていく。
エヴァとローズが帰省する際にキャンディスがついて行きたがっていたことは影を通して聞いていた。
今はリナのことにしか頭にないラジヴィー公爵がキャンディスのそばにいない以上、彼女を守るのは自分の役目だろう。
ただでさえ皇女であるキャンディスを狙う輩は多い。
ヴァロンタンが彼女を特に気に入っていることがわかってからは尚更だ。
マクソンスは一筋縄ではいかないし、レッド宮殿の守りは軍部が担っており強固だ。
アルチュールはそもそも後ろ盾がなく、狙われる可能性は低い。
リュカとキャンディスを比べたら攫いやすさも考えれば明らかにキャンディスを選ぶだろう。
エヴァとローズの生家はなくなり、今は平民として暮らしている。
キャンディスがそのような場所に行くということは護衛がいくらいても足りないのではないだろうか。
ユーゴがいれば事足りるが、半日ならまだしも一週間は不可能。
言葉は足りなかったかもしれないが無理がある。




