⑨⓪
「うぇ……っ、うぅ……!」
「……!」
急に泣き出したキャンディスに驚いたのはヴァロンタンだけではない。
誕生日プレゼントをあげただけだが、キャンディスは泣いてしまったのだから。
気持ちが溢れ出して止まらないキャンディスの泣き声は次第に大きくなっていく。
初めて感じる喜びを受け止めきれないのだ。
「うわぁああぁんっ!」
「……気に入らなかったのか」
「わああっ、ああぁぁ……っ!」
あまりの大号泣っぷりにバイオレット宮殿の侍女たちは慌てふためきながら布をキャンディスの元へ運ぶ。
キャンディスの顔は涙から鼻水からで凄まじいことになっていた。
ヴァロンタンが布でキャンディスの顔を拭こうとするが、キャンディスは顔を見られたくなくて反射的に顔を埋める。
「グスッ……うぅぅっ」
「…………おい」
しまったと思った時には遅かった。
体を起こしたのだが、凄まじい量の鼻水がキャンディスの鼻とヴァロンタンの胸元、シャツに付着して間で糸を引いている。
〝殺される〟頭にそう過ぎる。
もはや泣きすぎてどうして泣いているかすらわからない。
「気に入らないのは色か……?」
ヴァロンタンの問いかけにキャンディスは首を横に振る。
気持ちを伝えたいのに、うまく言葉が出てこない。
誕生日プレゼントをもらったことが嬉しくて嬉しくてたまらないのだ。
(どうしてこんな気持ちになるのよっ!)
口からは今まで出したことない泣き声だけが出続けていた。
「じゃあなんだ」
「うぇっ、……ぐすっ、う゛ぅ゛~!」
「言ってみろ」
ヴァロンタンの声に苛立ちがこもるのと同時に顔をグリグリと乱暴に拭かれていた。
鼻水がスッキリしたのと同時に気持ちも少しだけ落ち着いた。
(お父様にお礼を言わないと……!)
「何か他に欲しいものがあるのか?」
「お゛え゛……いっ! ひっく! おとっさま゛!」
キャンディスは腹部が痙攣しているせいか、呼吸を整えるためかうまく言葉が紡げない。
けれどキャンディスも今の状況で『ありがとう』と伝えられる自信はない。
キャンディスはユーゴならわかってくれるかも、と視線を送り言葉を紡ぐがわからないと言いたげに彼は肩をすくめてしまった。
キャンディスはなんとかヴァロンタンに『お礼』を言いたいと伝えたくて叫ぶように口を開く。
「お゛とう゛さま……お゛え゛ぇっいぃー! うわぁあぁん」
「はぁ……」
思う通りにならない悔しさから泣き叫ぶ。
眉間を押さえたヴァロンタンはキャンディスの背を摩る。
「わかった……いいから落ち着け」
「う゛う゛うぅ~~!」
キャンディスは頷きつつも、なんとか呼吸を整えるために布とヴァロンタンに顔を埋めていた。
上半身全体で体にしがみついているから温かさが直に伝わる。
ヴァロンタンの大きな手に背を擦られているからかなんだか気持ちいい。
(…………あたたかい)
キャンディスは瞼を閉じた。
今日は悪夢を見たせいか、ケーキを食べ過ぎた満腹感からか。
いつも以上に考えすぎたせいなのか、何もかも考えるのが面倒になる。
大きな優しい手のひらが背を撫でる感覚が気持ちいい。
次第に体が温かくなり眠気が襲う。
静まり返る部屋の中、大泣きしたキャンディスは引きつけるようにしゃっくりを繰り返す。
目元に布があてがわれて視界が暗くなる。
どのくらい時間が経っただろうか。
キャンディスはヴァロンタンにしがみついたまま、眠ってしまったのだった。