⑧⑨
「ア、アルチュールが心配ですから……」
「なら、アルチュールも来ればいい」
「…………」
ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。
キャンディスが再び「……はい」と返事をしたことでバイオレット宮殿の侍女たちが心の中でガッツポーズしていた。
キャンディスは何故か自分から地獄に足を踏み入れてしまったのだ。
(最悪の展開よ。わたくしはエヴァとローズについていきたかっただけなのに、どうしてこんなことに……)
ヴァロンタンがユーゴを鋭く睨みつけながら指示を出しているとも知らず、キャンディスが落ち込んでいると……。
「ほら……」
「…………?」
いつのまにかティーセットは下げられて、キャンディスの目の前に置かれているのはさまざまな大きさの箱の山だ。
「これは……?」
「開けてみろ」
キャンディスはこれ以上、ヴァロンタンの機嫌を損ねてはいけないと腕を伸ばしてリボンを解いてから箱の蓋を開ける。
そこには眩しいほどに豪華なドレスが入っていてキャンディスは思わず目を見張った。
「…………綺麗」
口から自然と溢れ出る言葉。
後ろを振り向くと指をさして『まだあるだろう』と、訴えかけられているようだ。
言われるがまま箱を開けていくと、靴にアクセサリーと一式が揃っている。
キャンディスの瞳の色と同じラベンダー色と白のレース、ドレスの作りは繊細で装飾が豪華。
パッと見ただけで手が込んだ作りだとわかる。
(なんて素晴らしいのかしら……生地も何重に重なっていて美しいわ)
靴もアクセサリーも色合いが揃えており、精巧な作りに惚れ惚れしてしまう。
それになんだかルイーズがよく着ていたデザインに似ているような気がする。
イエローゴールドのふわりと揺れる髪が頭に過ぎる。
(あの子……お父様に愛されていたから、こうしてドレスを仕立ててプレゼントしてもらっていたのかしら)
嫌な思い出にキャンディスの胸がズキズキと痛む。
一方、ヴァロンタンはドレスを見つめたまま動かないキャンディスが感動していると思い満足そうにしていた時だった。
そんなことも知らずにキャンディスはあることを問いかけるために口を開く。
「こちらはどなたのものでしょうか?」
「「「「「…………!?」」」」」
「すごく素敵ですわ。さすがお父様ですね……!」
キャンディスは精一杯の虚勢を張っていた。
そうでなければ涙が溢れてしまいそうだからだ。
(……この姿になってから、涙もろくていけませんわね)
このドレスはキャンディスにとっては愛の象徴のように見えた。
ルイーズのように誰かにプレゼントするのかもしれない。
そう考えれば考えるほどに胸が苦しい。
「……何を言っている」
「え……? だって……」
「今日はお前の誕生日だろう?」
「────ッ!?」
まるで時が止まったようだった。
キャンディスはヴァロンタンの『お前の誕生日』という言葉が何度も反響するように頭の中に響く。
(今…………お父様がわたくしの誕生日のことを?)
どうして自分の誕生日を覚えているのか。
もしかしてこの箱の山はキャンディスの誕生日プレゼントかもしれない。
そんなはずはないと、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
キャンディスのために用意したプレゼントだとしたら、どう反応すればいいのだろうか。
まさかヴァロンタンに誕生日プレゼントをもらえるなどと思っていなかったキャンディスはパニック状態に陥っていた。
「ま、まさか…………そんな」
「まさかはこちらの台詞だ。この状況で誰のものだと?」
「そう言われてしまえばそう思わなくもないですけれどっ、まさか……そんなことが起こるなんて、わたくしは……っ」
キャンディスは自分でも何を口走っているのか理解できなかった。
どう反応していいかわからない。
「俺からの誕生日プレゼントだ。気に入らないか?」
「……ッ!?」
これはヴァロンタン……父親からの誕生日プレゼントだ。
キャンディスは改めてドレスを見つめていたが、だんだんと目頭が熱くなっていく。
(この気持ち……アルチュールやリュカお兄様の時と同じだわ)
エヴァやローズに祝ってもらい、リュカやアルチュールにプレゼントをもらって、キャンディスは嬉しかったのだと気づく。
だが、ヴァロンタンからもらった誕生日プレゼントはキャンディスの心を大きく揺さぶった。
次第に頭の中が真っ白になり、キャンディスの目からはポタポタと涙が流れていく。




