⑧⑤
キャンディスにはダメと言いながら、自分はリナにたくさん会っている。
そう思うとラジヴィー公爵への憎しみが増していくような気がした。
ヴァロンタンの許可がなければ会えないが、最近ではキャンディスに会いにくることはなくなった。
以前はあんなにキャンディスを押し上げようとしていたのに、今では興味を持たれないことが苦しいような悲しいような複雑な気持ちだ。
うるさい声に懐かしさすら感じてしまう。
キャンディスの唯一の身内だったのに、今では一番遠いところにいるような気がした。
(お祖父様がいなければ好きなことができていいじゃない……!)
それにラジヴィー公爵がいなくても、キャンディスにはアルチュールやリュカ、エヴァやローズ、ジャンヌがいる。
キャンディスの世界が広がったのには間違いないのだ。
キャンディスは知識を引き継いでいるので当然だが、講師たちの言うことをちゃんと聞いて、真面目に勉強していることもあり、この歳ですでに以前の自分を超えたような気がした。
嫌々やっていたからか嫌な思い出しかないのだが、今はキャンディスが学びたくてやっている。
多少、講師たちに苛立ったとしてもしっかりと人の話を聞けるようになったことは大きいのではないだろうか。
ジャンヌは咳払いすると腰に手を当てる。
「キャンディス皇女様、皇帝陛下がお許しになりませんよ!」
「なっ……! どうしてそこにお父様が出てくるのよ!」
「防犯面もそうですわ。まだ皇女様は幼いのですから危険です」
キャンディスはジャンヌの言葉に不満を露わにするように唇を尖らせる。
しかしジャンヌはまったく怯む様子はない。
「でしたら皇帝陛下に直接、許可をいただいたらいかがでしょう。絶対に無理だと思いますが……」
「そんなことないわ!」
「エヴァとローズの家族も驚きますわ。それにたまには彼女たちを休ませることも大切です」
「…………!」
キャンディスはジャンヌの言葉にハッとする。
たしかに四六時中、キャンディスと共にいて彼女たちの休みがないではないか。
するとアルチュールがキャンディスたちの話を聞いて、いつの間にか泣きそうになっている。
「アルチュール殿下、どうされましたか?」
「もしかしてジャンヌもおうちに帰るの……?」
「……アルチュール殿下」
ジャンヌはしゃがんでアルチュールに視線を合わせる。
「私には家族がおりません。なので、ずっとアルチュール殿下のおそばにおります」
「ジャンヌ……」
アルチュールはジャンヌに家族がいないと聞いて子どもながらに思うことがあったのだろう。
彼はジャンヌを抱きしめ返す。
「ジャンヌはぼくが守るからだいじょうぶだよ」
「……はい。ありがとうございます、アルチュール殿下」
二人のやりとりを見ていたが、キャンディスも我慢できなくなり二人に抱きついた。
艶やかなイエローゴールドの髪が頬に触れる。
「わたくしもジャンヌとアルチュールを守るわっ!」
「キャンディス皇女様……」
「キャンディスお姉様もぼくが守りますっ」
三人でぎゅうぎゅうになっていると、ノックの音と共に扉から顔を出すリュカの姿があった。
アクアマリンのクリッとした目が大きく見開かれている。
「二人とも、どうしたんだい? ジャンヌが苦しそうだけど……」
「色々ありまして……」
エヴァが扉を開きながら説明をする。
リュカは困惑しつつ、アルチュールとキャンディスに挟まれたジャンヌに視線を送っている。
ジャンヌは二人に押し潰されて苦しそうだ。
「シェフたちがケーキを用意して中庭に……」
「──ケーキッ!?」
「おっきなケーキ!」
リュカの言葉を遮るようにキャンディスは声を上げた。
キャンディスとアルチュールはケーキという言葉に大きく反応する。
アルチュールも大きなバースデーケーキを見るのを楽しみにしていたのか目を輝かせながらジャンヌから離れた。
「リュカお兄様、アルチュール、ケーキが逃げてしまいますわ! 早く行きましょう!」
「たいへんだ! ケーキをつかまえないとっ」
「キャンディス、アルチュール! ケーキは逃げないから走っちゃダメだよっ」
アルチュールとキャンディスは中庭に向かうために急いで部屋を出る。
二人を追いかけるようにリュカも歩き出す。
エヴァとローズは慌ててプレゼントの箱を片付けていた。
追いかけてからジャンヌに怒られつつもホワイト宮殿の長い廊下を三人で進んでいく。
中庭に到着すると、キャンディスが気に入っている白い陶磁器に紫と金色で彩られたティーカップが置かれていた。
テーブルの横にはホワイト宮殿たちのシェフたちの姿。
ワゴンに置かれているのはフルーツたっぷりの三段ケーキ。
周りはピンク色のリボンの生クリームに彩られて、一番上にはキャンディスの名前とハッピーバースデーの文字。
「す、素晴らしいわ……!」




