⑧②
記憶が戻る前までは、顔がいい婚約者としか思っていなかった。
普通ならあの笑顔に騙されてしまうのだろう。
もちろんキャンディスもあっさりと騙されていた。
キャンディスは前回の記憶があるため、一切絆されることはない。
それにまだまだ子どもだからか爪が甘い部分も多く、まだまだキャンディスが逃げられる。
前回の記憶を持つキャンディスはうまく立ち回っているつもりだ。
しかしこんな幼いのにキャンディスを上回る行動をとってくるところは褒めてやらなくもない。
今のところは勝負は引き分けといったところだろう。
十六年間の記憶を持つキャンディスが子どものジョルジュといい勝負を繰り広げているということがおかしい点にはまったく気がつかないまま、キャンディスは対抗心をメラメラと燃やしていた。
(わたくしがジョルジュごときのプレゼントで絆されると思ったら大間違いよ……!)
カードには礼儀正しい文と共にキャンディスに二人きりで会いたいと書かれていた。
それとディアガルド帝国にはない、ダルトネスト王国にしかないお菓子のことが書かれていた。
ダルトネスト王国、伝統のカップケーキはフワフワで色とりどりのクリームがたっぷりと乗っていると聞いた。
香りがよく、甘いカップケーキは女性に大人気でジョルジュが好きなのはチーズがたっぷりと練り込まれたものだそう。
とても柔らかく形が崩れてしまうため、ダルトネスト王国からはなかなか持ち出せない。
王国内でも作れるシェフは限られており、幻のカップケーキと呼ばれているそうだ。
(な、なんて美味しそうなの……! 食べてみたくなるじゃない)
ジョルジュが的確にキャンディスの好みを把握しているとはつゆ知らず、まんまと彼の策略にはまりかけていた。
(ダメダメ……! もう甘いお菓子に釣られるわたくしではなくってよ!)
しかしここまで言われてしまうと興味が出てきてしまう。
キャンディスの喉がゴクリと音が鳴る。
ダルトネスト王国でしか食べられない幻のカップケーキ。
知ってしまえばどんな味なのか気になって仕方ない。
(くっ……! 耐えるのよ、キャンディスッ! こんなことなら一度くらいダルトネスト王国に行っておけばよかったわ)
ジョルジュが婚約者だったキャンディスだが、彼と会うのはほとんどディアガルド帝国だった。
『ダルトネスト王国なんかにどうしてこのわたくしが行かなければならないのかしら』
ジョルジュから誘われても、そう言って彼の話を遮っていた。
彼はキャンディスをダルトネスト王国に連れて行きたがっていたように思う。
その理由も今となってはわからないが、何かジョルジュも訳があったのだろう。
(わたくし……本当に自分のことしか考えていなかったのよね。人のことなんかどうでもよかった)
過去の自分の度量が狭さには今となっては驚いてしまう。
「こちらがジョルジュ殿下からのプレゼントです」
「見せてちょうだい」
ローズからジョルジュのプレゼントを受け取った。
キャンディスの両手のひらに乗る小さめな箱。
そこには可愛らしいブレスレットが入っていた。
銀色にブルーの宝石、華やかな中にも気品があり、使いやすそうなデザインだ。
「かわいい……」
キャンディスの口から無意識に本音が溢れてしまう。
派手さにこだわっていた以前なら『可愛くない、地味すぎる』と放り投げているところだが、今のキャンディスの服装にもピッタリだった。
「わぁ……素敵ですね。とても綺麗」
「キャンディス皇女様によくお似合いです」
「…………そうよね。わたくしに似合うわ」
精巧な作りを見ても、ジョルジュがよく考えて作ってくれたのだとわかる。
ジョルジュからのプレゼントが似合うと言われて複雑な気分だったが、可愛い物に罪はない。
(な、なかなかやるじゃないの……!)
この頃からジョルジュのプレゼントのセンスはよかったのだろうか。
キャンディスの誕生日を教えていないにもかかわらず、さりげなくプレゼントを贈ってくるところはさすがだろう。
もらうことが当たり前すぎて、いつもならお返しなんて絶対にしないキャンディスだが今回は違う。
ちゃんとお礼のカードは送らねばならないと理解している。
(『ありがとう』は〝いい皇女〟になるために必要だもの!)
ここまでしてくれるジョルジュに申し訳なさを感じはじめていた。
それに彼はキャンディスが前回の記憶に引き摺られているだけで、今はただのいい王子だ。
キャンディスは次第に心苦しさを感じ初めていた。
そんな気持ちを振り払うようにして次々にプレゼントを開けていき、誰が贈ってきたのかをエヴァにメモしてもらっていた。
ほとんどはラジヴィー公爵を意識した帝国貴族からのもの。
当たり障りのないプレゼントは記憶の中と同じだ。
8月16日
悪の皇女はもう誰も殺さない2
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