⑧⓪
エヴァとローズはキャンディスにはまだまだ甘い。
ジャンヌはキャンディスに注意できる数少ない人物だ。
アルチュールを守っていた彼女は、キャンディスから見て母親のように強く逞しい。
彼女がいたからこそ荒んだ環境でもアルチュールはまっすぐに育つことができたのだろう。
キャンディスも今は彼女のそばにいれば何か変わるかもしれないと、そう思っていた。
(もう二度と間違えたくないもの。わたくしにはまだまだわからないことばかりだから……)
ジャンヌは真剣に頷いてから、キャンディスを優しく抱きしめてくれた。
アルチュールと同じようにキャンディスにも接してくれる。
彼と手を繋ぎながら、キャンディスはダイニングへと向かう。
長い長い廊下もアルチュールたちと話していればあっという間に思えた。
いつもより楽しい朝食を終えた後、部屋に戻るといつものようにブルー宮殿からリュカがやってきた。
アッシュブルーの髪はいつものようにクルクルしている。
ぱっちりとした大きな目。以前のオドオドとした態度は嘘のように、今では表情が豊かで快活そうだ。
「キャンディス、今日は誕生日だね。おめでとう!」
「……っ!」
満面の笑みを浮かべるリュカに祝われたこで、キャンディスはまた泣きそうになってしまう。
(こんなところで泣いたら、わたくしっ……皇女として失格ですわ!)
下唇を噛んでなんとか耐えていると、リュカは心配そうにキャンディスの顔を覗き込んだ。
キャンディスは小さく肩を震わせていると、アルチュールまで不安になったのかキャンディスの名前を呼ぶ。
「キ、キャンディス……大丈夫!?」
「キャンディスお姉様……?」
キャンディスは二人の名前を声に勢いよく顔を上げた。
「あっ、ありがとうございます……!」
小声ではあるが、キチンとお礼を言えたことに内心ガッツポーズだった。
(やったわ……! だんだんお礼を言うのだってうまくなってきたじゃない)
キャンディスがほんのりと頬を赤くなりつつも俯いていると、目の前に差し出される青色の包み紙。
「これは……?」
「誕生日プレゼントだよ。キャンディスはずっとこの本の続編を欲しがっていたでしょう?」
キャンディスが包み紙を開けるとそこにはキャンディスが今、一番気に入っている本の続編があった。
ディアガルド帝国の女性たちの間では大人気らしく、キャンディスも商人に掛け合って手に入れるよう頼んでいたのだが、なかなか手に入らなかったのだ。
簡単にストーリーを説明すると、両親に捨てられてしまい恵まれない環境にいたレティーという女の子が周りに親切にして優しく正しい行いを続けていたおかげで、人々に助けられて救われていくという話なのだ。
彼女はリーダー的な存在の男の子と共に孤児たちを集めて子どもたちの面倒を見ていた。
(レティーはなんていい子なのかしら。自分の食べ物を分け与えて、こんなに我慢しているなんて……! わたくしがっ、わたくしが雇ってあげるのにっ)
それだけでもすごいのだが、自分がつらい状況下でも子どもたちを助けるために動いていたことだ。
人助けをする最中、街に視察にきていた王子様に出会い禁断の恋に落ちるというところで一巻が終わってしまう。
(この子は幸せになるべきよ……! だってこんなに頑張っているんだもの)
次巻で本当に彼らが結ばれることができるのか、立ちはだかる様々な壁について示唆されていた。
キャンディスは引き込まれるようにして物語を読んでいた。
二人の恋の行方も気になるところだが、なによりヒロインのレティーが周囲に愛されていることが羨ましかったのだ。
(わたくしもこの子の真似をすれば愛されるのかしら……でも、わたくしにはなかなか難しいわ)
キャンディスがそれを実践することはハードルが高すぎて早々に諦めたことを思い出していた。
だけど親もおらず生い立ちも育ちも恵まれない中、懸命に頑張る姿に胸を打たれたのは事実だ。
レティーを見ていると改めて自分の行いを考えさせられた。
続きが気になって仕方なかったのだが、なかなか手に入らずにやきもきしていた。
しかしリュカはその本を手に入れてくれたようだ。
「とても人気なんだね。なかなか手に入らなかったよ」
「とても嬉しいですわ……さすがリュカお兄様!」
「そ、そんなに喜んでもらえると思っていなかったから僕も嬉しいよ」
キャンディスに頼られたことが嬉しいのかリュカの頬がほんのりと色づいている。
キャンディスの手にはアルチュールからもらった花とリュカからもらった本があった。
髪にはエヴァとローズがくれたピンクと白いレースのリボン。
部屋にあったプレゼントよりも豪華なわけでもないし高級でもない。
それなのにどんなものよりも嬉しいと感じる。
(不思議な気持ちだわ……なんて言い表したらいいかわからないけど)