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(こんな考えになるなんて、以前のわたくしだったらひっくり返っていたでしょうね……)
それに自然と自分の持ち物に愛着が湧いて、大切にしようと思えてくるのも不思議なところだ。
「さぁ、準備が終わりましたわ!」
「今日もとっても可愛らしいです!」
「ふふっ、当たり前でしょう!?」
鏡に映るキャンディスは天使のように愛らしい。
ピンクの特別なドレスやプレゼントされたリボンがキャンディスの魅力を引き立たせている。
準備が終わり朝食会場へと向かうために部屋の扉を開けると……。
「キャンディスお姉様、お誕生日おめでとうございっしゅっ!」
「……っ!」
キャンディスの視界は突然、真っ白な花で埋め尽くされていた。
花の後ろから少しだけ見えるイエローゴールドの癖のある髪。
勢い余って噛んでしまうところも愛らしい。
ギュッと目を閉じて、お辞儀をするようにしてキャンディスに花を渡しているではないか。
まるでプロポーズのようだ。
「アルチュール、この花は?」
「ぼくから、キャンディスお姉様に、お誕生日のプレゼントです……っ!」
キャンディスは押し付けてくるようにして渡すアルチュールから花を受け取った。
マーガレットの可愛らしい花がたくさんあった。花の甘くて優しい香りが届く。
「これをわたくしに……?」
「はい!」
以前のキャンディスなら「こんなプレゼント、わたくしに相応しくないわ」とアルチュールの顔面に花を投げつけていただろう。
だけど今はアルチュールからもらった花を見ていると、どうしようもなく嬉しいと思える。
(アルチュールがわたくしにプレゼントを……)
こんな優しい気持ちになったのは生まれて初めてだった。
後ろからジャンヌが、ホワイト宮殿の庭師にもらったのだと説明してくれた。
キャンディスはあまり花に興味はなく、ホワイト宮殿の庭師などあったこともない。
だが、アルチュールの部屋からは花がよく見えるのだという。
「おとなになったら、ぼくがキャンディスお姉様を幸せにして、もっとキラキラしたものをあげたいです」
「……!」
アルチュールはいつもキャンディスを幸せにしてくれようとしてくれる。
気合い十分な彼が可愛くて頭を撫でる。
「アルチュール……ありがとう」
またまた泣きそうになるのを堪えながらなんとかお礼を言う。
(さっきからわたくしは変だわ。どうしてこんなに泣きそうになるのかしら……)
なんとか泣くのを我慢したキャンディスはホッと胸を撫で下ろす。
だが、アルチュールはキャンディスといつもと違う様子に気がついたのかキョトンとしているではないか。
アルチュールはキャンディスの背に腕を回して抱きしめる。
「ぼくはキャンディスお姉様のそばにずっといますから!」
「…………え?」
「キャンディスお姉様のお誕生日には毎年、プレゼントをわたしますからっ」
アルチュールの『ずっとそばにいる』という言葉はキャンディスの心の奥深く、冷たくてトゲトゲしていて痛い部分をそっと包み込んでくれるような気がした。
胸の奥深くが温かくなって、アルチュールの小さな体を抱きしめ返す。
「キャンディスお姉様……?」
「…………アルチュール、大好きよ」
「ぼくもだいすきです。キャンディスお姉様」
キャンディスはアルチュールの体温に安心感を覚えた。
初めて会った時よりも肉付きがよくなったことが、不思議と自分のことのように嬉しいのだ。
まさか毛嫌いしていたアルチュールとこんな関係を築けるとは思いもしなかった。
今やエヴァやローズ、アルチュールたちはキャンディスにとってなくてはならない存在だ。
彼女たちはキャンディスの名前を呼んで、キャンディスのことを思って動いてくれていることに対して感謝していた。
毎日、顔を合わせて名前を呼び合うことがこんなにも嬉しいことだと思える。
ずっと一人だったキャンディスにとっては大きな学びだ。
(……家族って、こんな感じなのかしら)
ジャンヌはキャンディスのために満足なプレゼントを用意できないことを申し訳なさそうにしている。
「申し訳ありません。キャンディス皇女様」
「いいのよ、ジャンヌ。このお花、気に入ったわ」
「私がもっとお役に立てればいいのですが……」
それを聞いてキャンディスはゆっくりと首を横に振った。
ベテラン侍女のジャンヌはエヴァとローズを育ててくれている。
それにキャンディスにもアルチュールと同じようにいけないことを教えてくれたり、正しい道へと導いてくれていた。
キャンディスがこうしていられるのはジャンヌのおかげでもあるのだから。
「あなたはこれからもアルチュールと一緒にわたくしたちのそばにいてちょうだい」
「…………!」
「ジャンヌはわたくしが間違えたことをしそうになったら教えて欲しいの」