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それからエヴァとローズはキャンディスが気に入ってよく髪につけているリボンをプレゼントしてくれた。
ピンクで可愛らしいリボンが二つ。
髪飾りのリボンはたくさん持っているのに、キャンディスにはこのリボンが特別に思えた。
(……どうしてこんなに嬉しいのかしら。ただのリボンなのに)
キャンディスは何故だかわからないが泣きそうになってしまう。
ぐっと堪えていると、二人はキャンディスが寝起きで不機嫌だと思っているのか焦りながらソワソワしている。
(こういう時は……お礼を言うのだとジャンヌから教わったわ)
キャンディスは唇を開いたり閉じたりを繰り返す。
(下々のものにお礼を言うのってどうしてこんなに難しいのかしら)
口を開いたり閉じたりを繰り返していたが声は出ない。
息を止めていたキャンディスの顔は真っ赤になっていく。
そして絞り出すように言葉を吐き出した。
「なっ、なかなか可愛いじゃない……気に入ったわ! 毎日、使ってあげてもいいわよ?」
やっと出た言葉はこれだけだったが、エヴァとローズはキャンディスが気に入ったとわかったのだろう。
安心したようにホッと息を吐き出して二人で手を合わせた。
二人の気持ちが嬉しかったキャンディスはあることを思いつく。
こんな風に思ったのは初めてだった。
「あなたたちの誕生日をわたくしに教えなさい!」
「……え?」
「わたくしが祝ってあげなくもないんだから」
二人は驚いたように目を合わせてからキャンディスを優しい瞳で見つめながら手を握る。
「キャンディス皇女様、ありがとうございます!」
「嬉しいです。お気持ちだけいただきますね」
「このわたくしが知りたいって言っているのに……!」
「わたしたちは十分、幸せですから」
「そうです。キャンディス皇女様がわたしたちをおそばに置いてくださる……こんなにありがたいことはありません」
キャンディスが頬を膨らまして不安を露わにしているが、二人はキャンディスとは違い嬉しそうにしている。
「このお話はキャンディス皇女様のお誕生日が終わってからにしましょう!」
「今日の主役はキャンディス皇女様なんですから!」
キャンディスは二人の説得するような言葉に頷いた。
「さて、今日は特別な日ですから気合いを入れて準備しますよ!」
「キャンディス皇女様を誰よりも可愛くするんですからっ」
気合いを入れているエヴァとローズは腕まくりをしている。
二人と一緒に今日着るドレスを決めて、髪型は最近お気に入りの高い位置でのツインテール。
アルチュールが『うさぎみたいで可愛いです』と言ってくれるし、リュカも『キャンディスが可愛らしい髪型が似合うね』と言ってくれるからだ。
先ほどエヴァとローズがプレゼントしてくれたピンク色の白のレースが重なったリボンを髪に巻いた。
リボンに合わせてピンク色のドレスを着る。
最近、頑張っているご褒美にと商人から買ったのだ。
商売上手な商人はアルチュールのものとキャンディスのもの両方持ってくるようになった。
キャンディスはアルチュールのものばかり買っていたのだが、ふと可愛らしいドレスに目を奪われた。
記憶が戻ってからはシンプルなドレスばかり着ていた。
それは前回の反省を活かす意味でもあるが、浪費ばかりしていた自分を戒めるためでもあったのだ。
だけど今回はあまりにもキャンディスが好きなドレスに我慢できずに視線がいく。
チラチラとドレスを見ていたキャンディスに気がついたのか、商人はドレスを勧めてくれたのだ。
エヴァとローズを見ると、彼女たちはキャンディスの言いたいことがわかったのだろう。
『キャンディス皇女様、たまにのご褒美は必要ですよ!』
『わたしも賛成です。このドレスはキャンディス皇女様にお似合いになると思います!』
と、言ってくれたことで、このドレスを購入したのだ。
ご褒美のドレスを着ていると気分がいい。
(これからも〝いい皇女〟になれるように頑張れるわ!)
以前はこんなこと考えられなかった。
ドレスも何百着持っていても愛着もなかったし、どのドレスを着ても満足できなかった。
けれど今回、自分のご褒美にと買ったドレスは特別なものに思えた。
(このドレスは特別な日にもう一度、大切に着ましょう!)
一度着たら二度と同じドレスは着なかったが、今はそんなことはない。
気に入ったドレスやワンピースは何度も着ている。
それも没落してしまった帝国貴族の娘、エヴァとローズの影響が大きいのかもしれない。
彼女たちは貧乏な生活を経験しており、口癖のように「もったいないですね」と言っていた。
毎日それを聞いているせいか、キャンディスも次第にもったいないように思えてくる。
ジャンヌやアルチュール、リュカもそうだが物を大切にしているタイプだった。
一緒にいるキャンディスも自然とその行動に感化されていく。