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(ああ、嫌な夢……)
キャンディスの目からは涙が伝う。どうしてこんな夢を見るのか。
それは今日がキャンディスの六歳の誕生日だからだ。
(……今日はわたくしの六歳の誕生日)
記憶を取り戻してからキャンディスは怒涛の日々を過ごしていた。
悪夢のせいでいつもより早きてしまったようだ。
キャンディスは薄暗い部屋の中で一人、無意識にシーツを握る。
(またひとりぼっち……わたくしは誰にも愛されない)
先ほどの夢に引きづられているのか、一度目の人生の記憶が混ざってしまったのかはわからない。
涙がこぼれそうになり、キャンディスが下唇を噛み締めた時だった。
「ローズ、音を立てたらダメよ!」
「大丈夫、ちゃんとわかっているわ。キャンディス皇女様を起こさないようにしないとでしょう?」
コソコソと聞こえる話し声。
エヴァとローズがゆっくりとキャンディスの部屋に入ってくる。
キャンディスは涙を見られたくなくて、反射的に体を倒して枕に頭をつける。
天蓋が降ろされているため、二人の影がぼんやりと見えた。
(エヴァとローズは何をするつもりなのかしら……?)
カーテンから光が漏れていない。まだ朝日が昇る前のようだ。
二人はキャンディスが寝ているうちに何かをしようとしている。
キャンディスのドキドキと跳ねる心臓が落ち着いていく。
先ほどのが夢だと今になって気づく。
(わたくしはもう一人じゃないわ……エヴァにローズ、アルチュールやジャンヌ、リュカお兄様だって一緒にいてくれるもの)
その間も二人は何かを準備しているではないか。
暗い洞窟にいるような気分から一転して、まるで太陽に照らされているように明るく思えた。
「飾りつけは……この辺りでいい?」
「プレゼントを運ぶのはジャンヌさんも手伝ってくれるみたいだから!」
「キャンディス皇女様、喜んでくれるかしら……」
「いつも失敗ばかりのわたしたちだから、こういう時こそ恩返ししなくちゃ!」
二人の気持ちを知ったキャンディスの胸は次第に熱くなっていく。
(わっ、わたくしのためにこんなことをするなんて……なかなかやるじゃない!)
キャンディスは嬉しくなりソワソワしていた。
「ローズ、早くしないと。もうすぐ朝日が昇ってしまう……!」
「大丈夫よ。キャンディス皇女様ならいつもぐっすりだから」
けれどこれだけ音を立てられてしまえば、もしキャンディスが寝ていたとしても起きてしまっていたのではないだろうか。
ローズが天蓋をめくろうとしたのが見えて、キャンディスは慌てて目を閉じていた。
(寝たふりをしてあげているわたくしに感謝しなさいよね!)
キャンディスは得意げな気持ちで寝たふりを続けていたのだが……。
「キャンディス皇女様が寝相がいいなんておかしい……これはもうすぐ起きる合図かもしれないわね。ローズ、急ぎましょう」
「そう言われたらそうね。エヴァの言う通りだわ! 早く動きましょう」
「………………」
さすがエヴァである。彼女はキャンディスの行動が見透かされてしまっているようだ。
キャンディスは誤魔化すように唸りながらも寝返りを打つ。
背後から聞こえる音を聞いていると、感じたことのない気持ちになる。
その気持ちの名前はわからないが、いいものであることは確かだ。
キャンディスは瞼を閉じて二人が動く音を聞いていると、そのまま眠たくなってくる。
──数時間後。
「キャンディス皇女様、キャンディス皇女様! 起きてください」
「…………むぅ?」
「もう起きる時間ですよ」
キャンディスは目を擦りながら起き上がる。
どうやら寝たふりをしていたが、そのまま二度寝をしてしまったようだ。
欠伸をしながら、まだ眠たくてうとうとしているといつも同じ紅茶の匂いがする。
(わたくし……また寝ていたの? どこまでが夢だったのかしら)
ボーッとしているとエヴァとローズがキャンディスの前に手を差し出す。
二人の手を取りつつも、顔を上げるとキャンディスの視界に映ったのは信じられないものだった。
「わぁ……!」
キャンディスは目を見開いた。
エヴァとローズは部屋の中を可愛らしく装飾してくれたようだ。
ソファの裏には誕生日プレゼントが積み上がっている。
「今日はキャンディス皇女様の誕生日ですね。おめでとうございます」
「お誕生日おめでとうございます! いい一日になりますように」
「……ッ!」
キャンディスは胸元で両手をギュッと握る。
エヴァとローズはキャンディスの誕生日を祝ってくれたようだ。
「こちらわたしたちからです」
「気に入ってくださると嬉しいのですが……」