プロローグ2
──誕生日はいつも一人きり。
義務的な『おめでとうございます』が、キャンディスの耳に次々と届く。
それが不快に思えて、キャンディスは眉を寄せる。
(おめでとうだなんて、そんなこと思ってもいないくせに……)
今日もまた名前も知らない侍女がキャンディスの世話をする。
広い宮殿は物がたくさんあるのに、いつもよりもずっと寂しく感じた。
食事の時間、テーブルいっぱいに広げられた料理は色鮮やかで美しい。
それも昨晩にキャンディスが部屋に運ぶように命令したものだ。
二段に積み重なった豪華に装飾されたケーキは到底一人では食べきれないだろう。
侍女やシェフを追い出して、部屋にはキャンディスが一人きり。
それを暫く眺めながら、キャンディスの誕生日会は始まる。
『ハッピーバースデー……キャンディス』
周囲に聞こえないように小さな声で呟いて、フォークを手に取りケーキを崩す。
柔らかいスポンジと白い生クリームを見つめてからキャンディスは口に運ぶ。
ケーキはとても甘くて、大好きなはずなのに今日ばかりは何の味もしない。
(…………美味しくない)
シェフにこのケーキは不味いと文句を言ったとしても、満たされないことはわかっている。
今日は周囲に向かって怒鳴る気分にもなれなくて、キャンディスはフォークを置いた。
キャンディスは何も食べずに座ったまま豪勢な料理を眺めていた。
瞼を閉じればキャンディスの隣には母親がいて父親もいる……そんなありもしない現実を想像していた。
ゆらゆら揺れる蝋燭の光は温かみがあるはずなのに滑稽に見えるのは何故だろうか。
この蝋燭がいつか消えてドロドロに溶けてしまうことがわかっているからかもしれない。
(ここにお母様がいてくれたら……)
そう思っても母親には会えはしないことは知っている。
誕生日に母親に抱きしめてもらい『お誕生日おめでとう』と言われるのは、どんな気持ちなんだろうか。
『生まれてきてくれてありがとう』
必要とされる言葉を言われたから天にも昇る気持ちだろうに。
ふと背後を見ると、キャンディスには帝国貴族から届けられたプレゼントが山のように積み重なっていた。
誰もキャンディスを想って贈ってはいない。
祖父のために贈っているのだ。
サイズの合わないブカブカなドレス、趣味の悪い髪飾り、つけられないアクセサリー、もう履けない小さな靴。
子どもが好きそうなぬいぐるみ、肌触りのいい布や鮮やかな花束。
だから箱を開けたとしても意味がない。
キャンディスの欲しいものは箱の中には入っていないのだから。
これらは全部、偽物のプレゼントだ。
(……わたくしなんて、産まれてこなければよかったのに)
部屋は明るいはずなのに真っ暗で何も見えない。
キャンディスはいつも一人で暗闇の中、立っている。
手を伸ばしても、いくら叫んでも、キャンディスに触れて受け止めてくれることはない。
温かい何かが頬を伝っていく。
これがいつものキャンディスの誕生日。つらくて寂しいたった一人の……。
【8月16日】
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