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キャンディスはできるだけ大人しくして殺されないように努力をしている。
ユーゴは何かを察したのか大きなため息を吐いた。
「はぁ……ですが身元もチェックすることなく盗賊を雇ったホワイト宮殿の侍女長には責任をとって降格とさせていただき、他の宮殿の侍女に戻っていただきます」
細身の若い眼鏡をかけた侍女長の姿を思い出す。
彼女が盗賊を雇い入れてしまったのも、元はといえば侍女たちを大量に辞めさせてしまったキャンディスのせいだろう。
自分のせいだと思うと、なんだか申し訳ない気分になった。
「皇帝陛下の命令で今、ホワイト宮殿の者たちは身辺を調べあげております。潔白なことが確認出来次第、元に戻しても構いませんか?」
「ああ、それでいい」
「よかった……!」
キャンディスはエヴァやローズとまた会えることにホッと息を吐き出した。
「何故、勝手なことをした?」
「それは……」
キャンディスはヴァロンタンからの問いかけに口篭る。
もしかしたら今、講師のことや母のことを伝えるチャンスかもしれないと思ったがキャンディスは迷っていた。
(……お父様がわたくしのために動いていくれるなんて期待しちゃいけないわ)
しかしもう一度「言え」とヴァロンタンに言われてしまい、その圧に屈したキャンディスはラジヴィー公爵との会話の内容を話していく。
「お祖父様がわたくしが講師から指導を受けて完璧にならないとお母様には会わせないと言ったのです。それにお祖父様の選んだ方々は、その……たくさんいて」
キャンディスは言葉を濁す。
以前のキャンディスが習ってきた講師を思い出してゾッとする。
「きっとアルチュールと会う時間すらなくなってしまうわ」
キャンディスは辛い日々を思い出してドレスの裾を掴んだ。
もう知識があると言うことはできないので、適当に話を流そうとしていた。
「だから自分でどうにかしないとと思ったのです!ですが足りないこともあると思い、お祖父様が用意した方ではない講師に教えてもらわなければと探していたら今回のようなことに……」
キャンディスがそう言っている間も、ヴァロンタンの頬をつつく指は止まらない。
「母に会いたいのか?」
ヴァロンタンの問いかけに、キャンディスはギュッと唇を噛んだ。
以前は会いたくて会いたくて仕方なかった母親も、もう会うことができないと知っている。
一瞬だけ悲しい気持ちが込み上げてくるが、キャンディスはすぐに首を横に振って邪念を振り払う。
「お母様には会えないと思います。きっとお祖父様がわたくしと会わせないようにしたいんだわ」
「…………」
「お祖父様はお母様に会えるということを餌にしてわたくしを思い通りに動かしたいだけなのですから」
ラジヴィー公爵の思惑に気づいてしまえば、もう従う気にはなれなかった。
キャンディスの言葉を聞いてユーゴは驚きに目を見開いている。
ヴァロンタンはキャンディスの手元、掴んでいるドレスの裾に視線を送る。
「それにアルチュールにもお母様はいないもの」
「……!」
「エヴァやローズ、ジャンヌやアルチュールがいてくれるから、わたくしはもう大丈夫ですわ!」
アルチュールにジャンヌがいるように、キャンディスにも今はエヴァとローズがいる。
それだけで十分だと思っていた。
「それにわたくしはいい皇女にならなければならないんです」
「いい皇女、だと?」
ヴァロンタンの言葉にキャンディスは頷いた。
「このままだとお祖父様に利用されてしまいます。この国から出るためにも、わたくしはいい皇女になりますから!」
「…………」
「それに死刑にもなりたくはないですし、いい皇女になれば……っ」
キャンディスがポツリポツリと語っていくとヴァロンタンの表情がどんどんと険しくなっていく。
キャンディスは本音が漏れていたことに気がついて急いで口を塞ぐ。