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(もしかして……わたくしは犯人を捕まえるために囮にされたということ!?わたくしはこの時からそれほどまでに嫌われていたと、そういうことなのね!?)
キャンディスは前の記憶を含めて、悪い方向にしか考えられなくなっていた。
むしろ今までこの考えに至らなかった方がおかしいと考えるべきだろうか。
そして後々気付いたのだが、ヴァロンタンは痺れ薬を飲まされていたキャンディスを抱えていたせいで服は再びヨダレまみれだったそうだ。
薬のせいで口元に力が入らなかったので涙や鼻水、ヨダレでべっちょりと流れ続けていた。
初めて部屋に行った際も居眠りをした挙句、ヨダレを垂らしたりと失礼なことしかしていない。
(好かれることを何もしていないわ。もう好かれる必要もないからいいのだけれど……)
顔を見るたびに『愛されたい』と心の奥底にしまったものが疼くような気がした。
ヴァロンタンはユーゴに念を押すように「必ず皇女を守れ」と言って剣をしまっていることに、まったく気づかないままキャンディスはどんよりとした気分で顔を伏せていた。
そしてキャンディスがバイオレット宮殿で暮らして三日ほど経った頃だった。
そろそろホワイト宮殿が恋しくなってくる。
エヴァとローズ、アルチュールやジャンヌに会えないことがこんなにも苦しいのだと初めて知ったのだ。
(エヴァとローズ、アルチュールは大丈夫なのかしら。ジャンヌは責任感が強いから早く安心させてあげたいけど……)
キャンディスがソワソワしているとバイオレット宮殿の侍女からキャンディスの様子を聞いたのかユーゴが部屋を尋ねてきた。
キャンディスはユーゴに飛び掛かるようにしてエヴァやローズ、ジャンヌが無事なのかを問いかける。
「事情は説明しております。皆様、キャンディス皇女殿下のことをとても心配されていますよ」
「そ、そう……!」
キャンディスはユーゴの言葉を聞いてパッと顔を明るくした。
今まで誰かに心配されたことがあっただろうか。
自分と同じように会えないことが寂しいと思ってくれている……それがとても嬉しいと感じた。
しかし次のユーゴの言葉でその熱も冷めてしまう。
「それとホワイト宮殿の護衛や侍女たちをチェックして二度とこのような不備がないように調整中ですから」
「え……?」
「総入れ替えするそうですよ」
キャンディスはユーゴの言葉を聞いて、どんどんと顔が青ざめていく。
「そ、それって……エヴァやローズは?シェフたちもいなくなるということ!?」
「キャンディス皇女様?」
「わたくし、みんなと離れたくないのっ!」
「私にそう言われましても……」
キャンディスは縋るような視線をユーゴに向けていると、音もなくヴァロンタンが現れたことでキャンディスは肩を跳ねさせた。
しかし今だけは怖がっている場合ではないと、ユーゴに説明したのと同じように訴えかける。
キャンディスが何が言いたいのかがわかったのか、少し間が開いた後に沈黙が流れた。
「お、お願いします!皆と一緒にいたいのですっ」
「……」
「どうか……!」
「…………好きにしろ」
「いいのですか!?」
「ああ」
キャンディスが安心せてホッと息を吐き出すとユーゴが驚いたように声を上げる。
「先ほどホワイト宮殿の者たちはすべて入れ替えると仰っていたではありませんか!」
「…………」
ヴァロンタンはユーゴの言うことを無視すると何事もなかったかのようにキャンディスの頬を指でつつきながら遊びはじめた。
こうして様子を見に来ては、頬をつついたりケーキを食べる姿を見て去っていく。
何を話すわけでもなく資料をペラペラ捲る音だけが響くだけ。
意味がわからなすぎてキャンディスは怯えつつも、大人しくしてされるがままだ。