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あの後、暫くはバイオレット宮殿に滞在するようにユーゴに言われて、キャンディスは訳がわからないままベッドに寝ている。
(どうしてこんなことに……?)
誘拐事件の次の日、キャンディスはやることもなくベッドの上で本を読んでいた。
外に行こうとしてもヴァロンタンに許可をもらわないとダメだと言われて部屋に閉じこもりっきりである。
もう元気になったと訴えかけても解放されることはない。
ヴァロンタンはキャンディスがいる部屋に資料を持ち込むとと、椅子に座りながら何かを書き込んでいる。
(うぅ……なんでいるのよ!大人しくしていないと)
キョロキョロと辺りを見回すとサイドテーブルに置かれている本が目に入る。
黙って本を読んでいるとキャンディスの目の前に置かれるお菓子と甘いミルク。
たまに視線を感じるので、キャンディスは緊張する時間を過ごすはめになる。
ヴァロンタンに「食え」と言われて再びクッキーを口にする。
甘いミルクとチョコレートが練り込まれたクッキーに頬が溶けそうだ。
そんな時、血まみれのユーゴは拷問を終えたらしくて、にっこりといつもと同じ笑みを浮かべながらヴァロンタンの元に報告に来た。
キャンディスはあまりの衝撃映像に食べかけのクッキーをポトリと落としてしまう。
「ユーゴ、そんな姿を子どもの前で見せるな」
「何を言っているんですか。皇帝陛下だってキャンディス皇女殿下の目の前で首を斬っていたではありませんか」
「あれは……見えていなかった」
「間違いなく見えていたと思いますが」
にっこりと笑ったユーゴに黙り込んだヴァロンタンはキャンディスにチラリと視線を向ける。
見ていたのかと問いかけるような視線を送られて、どうしようか迷ったが素直に頷いた。
「…………」
「ほら、そうでしょう?」
得意げなユーゴだったが、ヴァロンタンに睨みつけられたことで咳払いをする。
キャンディスの前ではあるが、内容はわからないとでも思っているのだろうか。
ユーゴは淡々と説明を続けた。
どうやらキャンディスを攫おうとした犯人は貴族相手に詐欺を働いている盗賊団のメンバーだったらしく、一番警備が手薄で性格が最悪な皇女との噂のキャンディスの元に忍び込んで機会を伺っていたらしい。
そしてタイミングよく侍女の募集が行われて、キャンディスが講師を探していると聞いたことで、うまく仲間を引き込んだ。
そして誘拐して身代金を要求して、大金を受け取った後に子供を返して姿をくらます。
手口はキャンディスの時と同じだそうだ。
そんな被害が帝国貴族たちの間で頻発していたそうだ。
しかし情報を吐かせたおかげでやっと犯人グループを全員、捕えることができたそうで、今はアジトの場所から奪いとった金の行方まで調べているらしい。
ユーゴの報告をキャンディスが本を読みながら知らんぷりして聞いていた。
ユーゴたちはヴァロンタンはキャンディスがこの会話の意味を理解しているとは思っていないはずだ。
「ユーゴ……まさかこうなることがわかっていて泳がせていたのか?」
「…………。いいえ?」
「……」
「もう二度とこのようなことがないようにするので、剣先をこちらに向けないでくれませんか?」
ヴァロンタンがいつの間にはユーゴの喉元に剣を向けている。
キャンディスは大きく肩を揺らしたが、ユーゴは笑みを浮かべながら余裕の表情で手をヒラヒラと動かしている。
(やはりユーゴは只者じゃないわ……!)
キャンディスはこの会話を聞いたことと、ユーゴの行動からある考えが頭をよぎる。
薄々感じていたが、どうやらキャンディスの考えは間違っていないようだ。