①②⑨
キャンディスもハッと気づいてからリナの元へ。
震える腕を伸ばすと、リナは激しく咳き込みながらもキャンディスを見た。
それから自分の首にかかっていたペンダントを渡す。
これは本来、リナが亡くなってからキャンディスが受け取るものだ。
「わたくしのお守り、なの……きっと……あなたを守ってくれる。願いを、叶えてくれたの。この体でも、あなたを産めたのはね……奇跡、なんだから」
「……!」
リナはそう言って優しく笑った。
キャンディスの目からは自然と涙が流れていった。
リナの青い目も次第に潤んでいく。
「キャンディス、わたくしの娘……やっと会えたのね」
リナは細い指でキャンディスの髪を優しくすいた。
「ごめん、なさい……寂しい、思いをさせて……」
「………」
不安にさせさないようにかリナは無理やり笑みを浮かべると、その目からは涙がハラハラと流れていく。
「やっ……と、会え……っ」
「──お母様ッ!? お母様」
パタリと倒れ込んだリナから血の気がなくなっていくのがわかった。
キャンディスはやっとのことで母親との再会できたのかと思いきや、別れになってしまうのだろうか。
医師たちは慌てて動き回っている姿を見て、ますます焦りを感じていた。
(お母様は……このまま死んでしまうの?)
キャンディスの前にフラッシュバックする記憶。
やっと会えたリナは冷たくなり、花に囲まれていた。
忘れかけていた……思い出さないようにしていたあの時の気持ちだ。
──もう二度と会うことはできない。
キャンディスは咄嗟にリナに抱きついた。
恐ろしいほどに冷たい肌がキャンディスを追い詰めていく。
深い絶望から逃れるように、キャンディスは叫んだ。
「お母様っ、お母様……! 誰か、お母様を助けてっ」
医師たちに向かってキャンディスは叫ぶ。
もう二度と会えないと諦めていた。
会わなくても平気だと、そう思っていたのだ。
だけど心の奥底では望んでいたのだ。母親に優しく抱きしめてもらう未来を。
今まで気づかないように蓋をしていただけで、本当はどうしても焦がれていたのだ。
今までキャンディスが押し込め続けた感情が波のように流れ込んでいく。
怪我をしている腕の痛みなんて気にならなかった。
キャンディスは固定された腕を必死に伸ばしてリナを抱きしめる。
「いやぁ……いやよ…………どうしようっ、このままじゃ」
誰かが何かを言っているような気がしたが周りの声など何も聞こえなかった。
キャンディスの目からは涙がこぼれていく。
リナにしがみついたままキャンディスが嗚咽していた時だった。
「キャンディス、キャンディス……ッ!」
パニックになったキャンディスを呼ぶ声。
歪んだ視界にはヴァロンタンの姿があることに気がついた。
ヴァロンタンはキャンディスを抱えるようにして体を上げた。
リナから離れたことで、キャンディスは腕の中から抜け出そうともがいていると久しぶりに聞くラジヴィー公爵の声。
「──リナッ!?」
ラジヴィー公爵はリナの元へと向かうが彼女はその腕を振り払う。
腕を振り回したせいなのか、その勢いで倒れてしまった。
だが、リナは血で真っ赤に染まった口元で責めるように叫ぶ。
「お父様、の……う、そ……つき」
「リナ、これはお前のためにっ!」
「お父様は何もわかって、ないわ……! わたくしの気持ちをっ」
呼吸の合間にヒューヒューと喉が鳴る音が聞こえた。
苦しそうにしているリナの手を握りながら顔を上げる。
「ゴホッ、キャンディスに……愛して、いるって……伝えられる、なら……っ」
リナは懸命に言葉を紡いでいる。
「──わたくしは、今ここで死んだっていいわ!」
そう叫んだ後に再び背を丸めてしまう。
その場に寝かせてもう話すなと言いたげに医師が布でリナの口元を塞ぐ。
額には玉のような汗が滲む。
キャンディスは汗ばむ手のひらでヴァロンタンの服を握った。
「リ、リナ……ワシは……ッ」
ラジヴィー公爵はひどく戸惑っている。
彼のこんなにショックを受けた顔は初めて見たような気がした。
医師たちが協力して慎重にリナを運んでいく。
キャンディスはリナを追いかけようと手を伸ばすが、ヴァロンタンに止められてしまう。
「離してっ、離してよ……!」
「キャンディス、落ち着け」
「いやっ、お母様のところに行く! 行かせて、お願いっ」
しかしキャンディスは抱きしめられたまま下ろされることはない。
渡されたペンダントを握りしめながらリナの後ろ姿を視線で追っていく。
「お母様がっ、お母様……っ!」
キャンディスはペンダントを握りながらヴァロンタンの胸を叩く。
ぐるぐる巻きの腕を押さえながら落ち着くように促している。
キャンディスの大きな目にはどんどんと涙が溜まっていった。
「もしっ、もしお母様が死んでしまったら……?」
「…………」
「折角、会えたのに……どうすればいいの?」
そう言った瞬間に涙が滝のように溢れていく。
キャンディスが号泣していると、背を撫でる大きな手のひら。
「……大丈夫だから泣くな」
「うぅ……っ、ひっく……」
「俺がそばにいる」
低い声がキャンディスの耳に届く。
固い胸板に顔を擦り寄せながら泣いていたが、次第に気分が落ち着いてくる。
ラジヴィー公爵はそんな二人の姿を驚いたように見ていたが、すぐにリナの後を追いかけていった。
キャンディスはスンスンと鼻を啜りながら、ペンダントを眺めていた。
(わたくしが死ぬ直前に持っていたペンダント……この宝石が割れて、こうして二回目の人生が始まったのよ)
キャンディスは赤い宝石が嵌め込まれたペンダントを見た。
そしてそっと瞼を閉じる。
(もしも願いが叶うなら、お母様の病気がよくなりますように……)
キャンディスの涙がペンダントに流れて宝石に染み込んでいくと、わずかに光が帯びたような気がした。
その日の夜──。
キャンディスの包帯は巻き直されて固定し直された。
医師にリナの容態を問いかけても『今は全力で治療しています』と、言われるだけ。
緊張感のある空気に不安だけが募っていく。
キャンディスの現状を誰かから聞いたのか、マクソンスやジョルジュ、リュカやアルチュールも会いに来ることはなかった。
まだ意識を取り戻さないというリナの心配をしていたキャンディスは眠れずにホワイト宮殿を抜け出そうとするとマオとタオ、モンファに部屋に戻されてしまう。
主にエヴァとローズしかいなかった時は簡単に抜けられていたのに、やはりモンファたちは鉄壁すぎて、彼女たちを欺くことなど絶対にできそうもない。
キャンディスは眠たい目をこすりながらも椅子に座っていた。
ヴァロンタンは大丈夫だと言っていたが、あんなにも状態が悪くて治ることなどあるのだろうか。
(お母様は、どうして今になってわたくしに会いに来てくださったの……?)
それはエヴァとローズの母親がキャンディスのことを話したことは大きいだろうが、リナは何を聞いてこの行動を取ろうと決断したのだろうか。
(まさか以前のわたくしと同じでお祖父様に止められていたのかしら。もう少し体調がよくなったら会えるとか?)
エヴァとローズが言っていたが、おそらく彼女たちの母親から話を聞いたリナはラジヴィー公爵の目を盗んで長い距離を移動したのだろうか。
健康だったエヴァとローズですら移動が大変だと言っていたのに、病で苦しむリナにはどれほどつらいことだったのだろうか。
『ごめん、なさい……寂しい、思いをさせて……』
その言葉の真意はまだわからない。
(このまま会えなかったらどうしましょう)
触れた手は確かに暖かかった。祈ることしかできない自分が恨めしい。
キャンディスがうつらうつらとしながら眠ってしまった。
するとゆっくりと扉が開いていく。
ヴァロンタンは椅子に持たれるようにしている寝落ちしてしまったキャンディスをベッドへとゆっくり寝かした。
腫れた目元をそっと指で撫でた。




